俺がこんなに好きなのは、お前だけ。



「初めての恋だなんて、関係ない。私はずっと大志くんが好き。絶対にこの気持ちはなくならない」

「……っ……」

「やっぱり、諦めない。私、絶対に大志くんから付き合ってほしいって言いたくなるようにしてみせる!」



もう泣かない。くよくよしない。絶対に友だちのままでいたいなんて、そんな気持ちにさせない。


私は、本気だもん。本気で恋、してるんだもん。

諦められるわけない。



「夏休みが終わったら、覚悟しててね」



だから笑った。大志くんは面食らったように目を見開いていた。

手は、私から離した。今度その手を繋ぐときは、恋人になったときがいい。


なんて、願っても、いいのかな。



「じゃあね、大志くん」

「おう」



手を振って、別れた。玄関の鍵を開けて「ただいまー」と中に入った。
下駄で擦れた足先。あまりに痛くてお風呂場へ向かった。
シャワーから水を流し、足に当てる。熱を帯びた擦り傷にはそれが気持ちいい。


ジンジン脈打つのは、足先だけじゃなかった。


胸の奥はいつまでも痛みを抱えて、大志くんへの想いの強さを感じさせた。


私は、大志くんに"恋"がどんなものなのかを教えてもらったよ。
だから、今度は私が大志くんに教えてあげる。


だから……待ってて。


私を信じられるように。恋を信じられるように。


きっと、なれるから。




長くて楽しい夏休みは、あっという間に終わりを告げた。
結衣羽と遊んで、クラスメイトと遊んで、海にもプールにも行った。


クラスメイトの大半を集めて行われたバーベキューに大志くんは来なかった。
来る予定だったらしいが、直前になってキャンセルしたらしい。


避けられているのかも……なんて考えて落ち込んだりもしたけれど、今日から新学期、落ち込んでいる暇なんてない。


──「夏休みが終わったら覚悟しててね」


あんな宣言をしてしまったのだから。
制服を着ながら、いま頃になってそのことについて後悔している。


覚悟しててねって、私なにする気だったんだよ。
振り向かせてやる!って息巻いたけれど、具体的な行動なんて皆目見当もつかない。


鏡のなかに映る自分を見る。今日からつけようと、新しいリップを買った。可愛らしいピンク色だ。


癖っ毛の髪の毛がだいぶ伸びてきたので、ふたつ結びにした。切るか、伸ばすかは、もう少し考える。


大志くんは長いのと短いの、どっちが好きなんだろう?


聞いてみようかな。くだらない質問だけど、答えてくれるだろうか。どっちでもいいって言われそうだなと思ってクスッと笑った。


夏休みが終わったからといって、夏が終わったわけではない。朝なのに日差しは鋭いし、暑い。アスファルトに反射する光で上からも下からも熱されている。それでも夏本番よりかは、幾分かはマシに思えた。


通学路を歩いて学校に向かう。久しぶりの学校でも、無条件で大志くんと会えるのだと思うとやっぱり楽しみが大きい。




恋のチカラって、やっぱりすごいな。



「おはよー」



教室に足を踏み入れると、見慣れたクラスメイトが出迎えた。夏休みで焼けたのか、男子たちの肌が焦げている。


一緒に花火大会へ行ったメンツと挨拶を交わし、バーベキューをしたとき、「佐野とふたりでどこ行ったんだよ」とか「付き合ってんの?」とか、たくさん質問されたことを思い出した。


大志くんのことを狙っていると宣言していた女の子も興味津々といった様子だったし、私とふたりで抜けようと言った男の子も近くにいた。


けれど私は「そんなんじゃないよ」とだけ告げた。
話を聞いたみんなは不服そうな顔をしていたし、散々嘘だと疑われたけれど、事実だからそれ以上言えることはなかった。


席について、教室の中を見回す。


大志くんの姿は……まだない。


そのことにホッとしている自分と、いつ来るのかなとドキドキしている自分がいて、自分でもよくわからない。


会いたいけど、会いたくないのだ。
緊張して心臓が痛いし、会ったら、また私のなかで気持ちが弾けて悶えてしまう。


でもここは学校だから、いつものようにベッドの上で足をばたつかせることもできないし、思いきりニヤけることもできない。



「あ、大志!おはよう!」



男の子の声で、ついにそのときが来たのだと悟った。
ドクンッと、一度大きく軋んだ心臓がそのまま大きく大胆に動き続ける。


席に座ったまま、教室の入り口のほうを見た。



白い歯を見せて、目を細めて笑う私の好きな人。人気者の彼はみんなに挨拶をしている。


ふと目が合って、「おはよう」と言われた。しまった。私から挨拶しようと思っていたのに、先を越された。


私は目をそらして「お、おはよう」とぎこちなく挨拶を返す。


……やっぱり、ドキドキする。とても目を合わせていられない。


席に着いた彼は瞬く間にクラスメイトに囲まれている。弾けた笑顔だ。
だけど、よかった。挨拶してくれて。バーベキューは、避けられていたわけじゃない……んだよね?


しばらく遠目から大志くんのことを眺めていると、結衣羽がやってきて他愛のない話に花を咲かせた。


同じ空間に、教室内に、いる。お互い違う人と話していても、すこし耳をすませば声が聞こえる。存在を確認できる。会えなかった長期休みを経て、それだけで特段に幸せを感じる。


その日行われた帰りのホームルームでは、文化祭についての打ち合わせがされた。クラスでの出し物についての話し合いになった。


学級委員でもある大志くんともうひとりの学級委員である女の子が主体となって話が進んだ。



「なにかやりたいことある人ー?」



大志くんの問いかけに、男子も女子も次々に手を挙げて候補をあげていった。改めてノリのいいクラスで良かったと思った瞬間だった。誰もなにも意見を言わないクラスも、きっとあるだろうに。


おばけ屋敷、カフェ、クレープ屋さん、ダンス発表……。


たくさんの案が黒板に書き出される。一通り意見が出終わったあと、多数決をすることになった。ダンスは小学生の頃の学芸会でしかやったことがないから無理だなぁ。楽しそうだけど。


無難にカフェのときに手を挙げた。まあまあの数だった。意外とおばけ屋敷とクレープ屋さんに票があまり集まらなかった。




結果はカフェとダンスが同票数を集めた。

決選投票をするのかと思いきや、大志くんが「どっちもやるってのはどうかな?」と提案した。



「カフェを営業しながら時間を決めてダンスを披露する、ダンスカフェ……とか?」



顎に手を当てて、真剣に考えている様子。
その大志くんの意見に、クラスメイト全員が賛成した。


優等生な大志くんは、偽りの姿だと思っていたけれど、やっぱり本人の言うように違うのかもしれない。


どちらの大志くんも、大志くんに違いはない。


私にだけ見せてくれる無愛想な君も、クラスメイトの中心で笑う君も、どちらも優しさに溢れた人だ。


だからこそ、君の周りはいつだって笑った人たちで溢れている。


やることが決まって今日のところはお開きになった。衣装だったり、ダンス係だったり、カフェのメニュー考案係だったりと詳しい班分けは明日するとのこと。


文化祭かぁ……。楽しみだなぁ……。


この学校の文化祭って後夜祭あったよね、確か。体育館で軽音部のライブのあと、花火だっけ。
恋人がいる人は、好きな人と見たりするんだよね。


誘っても、いいのかな。



「変な顔してんな」

「わっ……!」



いきなり目の前に現れた大志くんに驚いて、思わず身をのけぞらせる。椅子がガタタッと音を立てた。その様子を見て「ひでぇな」と笑う。ひどいのは、どっちだ。



「そんなに俺のこと避けてえの?」

「ちがっ……驚いただけだし……っ」

「ふぅーん」



な、なにさ。その怪しむ顔は。




クラスメイトもまだ教室内にちらほらといる。
私と大志くんの関係を勘ぐっている人たちの目線も気になってしまう。



「でも今日俺、ビクビクしながら学校に来たんだ」

「なんで?」

「お前に避けられたら嫌だなって……性格悪いよな、俺」



苦しく笑う大志くんを真っ直ぐに見た。そんな顔で笑わないで欲しい。


友だちのままがいいのに、避けられるのも嫌だって思うことが性格悪いって思うの?

そんなこと、ないのに。



「避けないよ」

「うん」



好きだもん。舐めないでよ、私の気持ち。
むしろ避けられたらどうしようって思っていたのは、私のほうだ。


関わることをやめることしかできないって、花火大会の日の言葉がチラついていたし、バーベキューのこともあったし。


だけど、よかった。



「文化祭、楽しみだね」

「ん」

「まとめ役、頑張ってね。学級委員」

「お前も手伝えよ」

「わかってるよ」



私はね、大志くん。大志くんとこうやって話ができるだけで幸せなんだよ。知らないでしょう。


大志くんも私のことが好きって言ってくれたけど、もしかして大志くんもそうだったりするの?


私、間違ってたりするのかな……?


恋人になりたいって、そう思っていたけれど、彼氏と彼女にならなくても、お互いに気持ちが同じなら、このままでもいいのかな。


わかんない、な。





でも、違いは……ほしい。

友だちと、好きな人の違い。みんなと一緒は、嫌。



「そういやさ」



机に左手をついた大志くんくんが、右手を私のほうに伸ばす。そしてその大きな手が私の結んでいた髪の毛に触れた。


あまりに突然のことに驚いて、息ができなくなる。



「今日いつもと違うじゃん」

「う、うん……」

「まあ、似合ってんじゃね?」



私を見て、大志くんが笑っている。これ以上に嬉しいことって、あるのだろうか。


大志くんは友だちのままの関係が居心地いいのかもしれない。私もそうだよ。いまの関係でも、嬉しいこと、幸せなことはたくさん溢れている。


恋をしていたら、小さななんでもないことでも喜びに変わる。


でもやっぱりだからこそ、君の特別になりたいと思うのだろうね。


他の人とは違うってこと。証がほしい。これって欲張り、かな。



「お前の髪、ふわふわだなっ」



私の髪の毛で遊ぶ大志くんは無邪気。
ずっとコンプレックスだった、癖っ毛。綺麗なストレートに憧れていた。だけど大志くんの言葉で生まれて初めて癖っ毛でよかったと思ったよ。


これも恋の魔法じゃないかな。

どこまでも私を虜にしていく。無自覚なのが、本当にすごい。



「もう、やめてよ。ぐしゃぐしゃになる」

「ふはっ、ごめんて」

「もう」



怒ったふりをした。照れ隠し。

熱いのは、夏のせいなんかじゃ、きっとない。




赤くなっている顔を見られたくない。だけど、こればっかりは隠しようがない。



「今日一緒に帰る?」

「えっ、いいのっ?」

「なんで?」

「いや、だって……」



まさか、誘ってくれるとは、思わなかったから。



「いままでも何回も一緒に帰ったろ。ほら、早くしろよ」

「うん……っ」



いや、そうだけど。告白する前と後じゃ、心持ちが違うというか、なんというか……。


慌てて帰り支度を済ませて、大志くんと教室を出る。やっぱり残っていたクラスメイトたちの視線が気になったけれど、大志くんはそんなこと気にしていない様子。


大志くん、なにを考えているんだろう?
私たち、友だちなんだよね?


嬉しいけど。嬉しいのに、モヤモヤしちゃう。


友だちのままがいいって言ったくせに……って、卑屈になっちゃう。


自転車の後ろに跨って、大志くんの背中にしがみついて帰宅した。



***



次の日のホームルームで、私はジャンケンに負けて一番人気のない看板づくりや教室内の飾りつけをする係になってしまった。本当はメニューを考案する係になりたかったのに。一番人気すぎて、運に負けた。


次に人気の衣装係も店員オーバーだったし、ダンスはやりたくなかったので、消去法だった。





ダンスは4人グループを3組つくり、午前と午後とで一回ずつ踊ることになった。店員役は午後と午前とで交代制。私は午前のグループに分けられた。


これから授業や放課後を使って作業をしていくらしい。図工は得意じゃないけれど、他のクラスメイトもいるし、なんとかなるはず。まだ本番じゃないのに、準備自体がお祭りみたいでワクワクしている。


文化祭本番は、約1ヶ月後の10月上旬。


先生にアドバイスをもらいながら、そして学級委員のふたりが上手くみんなをまとめながら着々と準備は進んでいった。


そして、私と大志くんの関係は友だちのまま、時間が過ぎていく。


これを進展というにはあまりに粗末ではあるが、これまであまり教室で、クラスメイトがいるとき、ふたりで会話をすることは少なかったはずだった。だけど、二学期になって彼から話しかけられることが増えた。


それは優等生の彼であったり、素の彼であったりとまちまちで私も対応にすこし戸惑っていたけれど、最近はそれにもすこし慣れてきた。


ふたりで帰ることも、ある。あれからちょくちょく大志くんに家まで送ってもらっている。
カフェに寄り道をして、ふたりで出された課題を終わらせて帰ることも、あるぐらいだ。



「は?それで付き合ってないとか、あり得なくない?」

「…………」



ダンス班に所属している我が親友の辛辣なお言葉に、廊下に飾る予定である看板にペンキで色を塗っていた私の手が止まる。危うく下書きからはみ出してしまうところだった。


文化祭当日まであと十日と迫った日の放課後。ダンスの練習はいま、休憩中らしい。