西園寺はどこぞの博士のように顎に手を当てると、「うーん」と考え込んだ。そして、何かを閃いたように顔を輝かせると、再び私へと視線を戻す。
「ああ、したね。それがどうかした?」
はい? どうかしたって、私が聞きたいんですけど。
西園寺って天然なの?
狙ってやってるの?
策士ってやつかな。それとも、ただの馬鹿なのか。
(…いや、馬鹿ではないか。入試で一位だったもんね)
なんだかこめかみがズキズキと痛んできた。
西園寺と話しているからかな。
「こ、困るよ…!あれじゃあ私、高橋さんに何か言われそうだよ…」
私は必死の形相でそう訴えた。
流石の西園寺も、こう言えば理解してくれるだろう。
と、思っていたのだが、現実はそう甘くないようで。
「言われるって、例えばどんな?」
西園寺は首を傾げながら尋ねてきた。
例えばって、数多の女にモテてきたのに分からないのか。
「えっと…ほら、女の子って怖いじゃない?好きな人のことになると、他の女の子のことを恨んだりするし…!」
「…うん?よくわからないな」
「え、ええ!?」
(どうなってんだよ、コイツの頭の中)
終わりが見えない会話の始まりだ、と思ったその時、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。
反射的にスマホを出して現在の時刻を確認してみれば、五限の十分前であることが明確になり。
「……うそ、お昼休みが…」
ああ、もう、どうしてくれるんだ。
私はメロンパンを買いに歩いていただけなのに。
西園寺がおモテになるせいでこんな目に遭ってしまった。
「……ごめん、並木さん」
不機嫌な顔にならないように顔の筋トレをしといてよかった。そのおかげで、私はスマイルを崩さずに居られてる。
私は沸々と込みあがってくる怒りを鎮めながら、申し訳なさそうに眉尻を下げて謝ってきた西園寺に微笑んだ。
「き、気にしないで…!」
私って、どこまで天使なんだろう。
胃袋が空っぽでイライラしてるのに、笑ってるよ。天使だよ。エンジェルだよ。
私はそっと息を吐いた後、ゆっくりと後退しながら口を開いた。
「…えっと、そろそろ授業始まっちゃうし、教室に戻るね?」
これ以上コイツのせいでとんでもない目に遭うのは御免だ。退散してしまおう。
私は西園寺の返事を待たずに背を向け、歩き出したのだが。
「――待って、並木さん」
歩き出した私の手を、西園寺が引き留めるように掴んできた。
こんな展開、前にもあった気がする。
確か保健室に連れて行かれた時だ。
アイツは私を連行しておきながら、倉木に手当てを任せて上から眺めてて…。
デジャヴだ。これをデジャヴと呼ばずして何と呼ぶのだ。
「さ、西園寺くん…?」
曲者め。今度は授業に遅刻させる気か。
口が尖りそうになるのを堪え、西園寺を見上げれば。
彼はこの上ない優雅な微笑みを浮かべると、私の手を引いて走り出した。
「――一緒にサボろう」
「・・・はい?」
手を繋ぎながら廊下を駆け抜けているのは、学校一の美男美女。なんていいシチュエーションなんだ。
と、思いたいところだが。
(ふ、ふざけんなああ!)
いじめに遭う第一歩を踏み出したも同然だ。
おいたわしや、私。
麗らかな春の日。あたたかな風が吹く屋上の一角で、午後の授業をサボった校内一の美男美女が居た。
「む、無理だよ、西園寺くんっ…、こんなの入らなっ…」
「大丈夫、怖くないよ。並木さん」
「ふぇっ…」
涙目になっている少女の頭を優しい手つきで撫でるのは、眉目秀麗な青年。
「…優しくするから」
撫でるような優しい声に、少女がコクリと頷く。
それを見た青年は、ゆっくりと少女に覆いかぶさり――。
「っ……、」
二人の影が重なった瞬間、少女は顔を顰めた。
縋るように青年のワイシャツを握り、必死に耐える。
青年は少女を労わるように背を摩りながら、熱い吐息を漏らした。
「……ほら、だいじょうぶでしょ?並木さん」
「んっ…、」
恥ずかし気に目を逸らした少女を見て、青年はクスリと笑った。
そして少女の上からゆっくりと退くと、ポケットからティッシュを取り出し、少女に差し出す。
「…無理、しないで。吐き出していいよ。美味しくないんだし」
少女は申し訳なさそうに眉を下げると、躊躇いがちに頷いた。
そして、ティッシュを受け取り。
「すっ、酸っぱいいいいい!!」
――と、叫ぶなり、口から飴玉を出した。
「ぷっ…」
【限定☆激酸っぱキャンディ】を口内に入れられてから僅か2分で吐き出した私を見て、西園寺が吹き出した。
くそぅ、何なんだよ西園寺め。
「こ、こんなの食べ物じゃないよ!西園寺くん!」
「ははっ、面白っ…」
可愛く怒る私とは反対に、西園寺は面白おかしそうにお腹を抱えて笑っている。
全く、どうしてこんなことになったんだ。
私は西園寺の前で腕を組んで仁王立ちをしながら、ふいっと顔を逸らした。
――そう、事は十数分前に戻る。
『――一緒にサボろう』
昼休み終了の鐘が鳴り響いた後、西園寺はそう言うなり私の手を引いて走り出した。
途中で売店に寄ると、私が好きなメロンパンと洒落たサンドイッチを買い、再び走り出して。
何処に行くのかと問いかける間もなく辿り着いた先は、誰もいない屋上だった。
そしてその一角に腰を下ろすと、「ご飯を食べよう」とメロンパンを差し出してきて。
『……え?さ、西園寺くん、授業は…?』
『うん?俺、サボろうって言ったよね?』
『言った、けど…』
その時の私は中々状況が呑み込めなくて、サンドイッチを頬張るアイツをただ眺めていたっけ。
そうこうしているうちに、私のお腹が空腹を訴えるように鳴り出して、西園寺に笑われて…。
そしてメロンパンを食した後、アイツは不気味な色の飴をポケットから取り出すなり、私に食べるよう強要してきたのだ。
――妖しいセリフを吐き出しながら。
「…わたし酸っぱいの嫌いなの」
「どうして?美味しいのに」
「…トラウマ、かな。小さい頃、嫌と言うほど梅干を食べさせられて…」
しょんぼりを装って告げれば、西園寺は困ったように眉尻を下げて「そっか」と言った。
その横顔がどこぞのモデルよりも綺麗だなぁと思ったのは内緒だ。だって私の方が綺麗だから。
なんて思いながら見つめていたら、思い切り目が合ってしまった。
「…並木さん?」
「う、うん…!なにかな!?」
ああ、びっくりしすぎて声が裏返ってしまった。
どんな声も鳥のさえずりのように美しいんだろうけどね。
私はごまかすように咳払いをした。
そんな私を見て、西園寺はまた笑う。
コイツ、本当にこれが素なのかな。
実は二重人格で、優しい王子様の仮面をかぶっている魔王じゃないのかな。
私を屋上に連れてきたのは、本性を見せるため…なんて、少女漫画みたいな展開になることはないか。
「今、俺のこと見てたでしょ?」
ああ、またやってしまった。
西園寺を観察しながら考え事をしていたから、また目が合ってしまった。
「み、み、見て…なくもないこともない…です」
私は顔の前で手をぶんぶんと振りながら否定をし、可愛く笑ってみた。
さぁ、動じてみせよ。ドキドキしてくれ。
西園寺は柔らかに目を細めると、どこぞの王子様のような仕草をするなり笑った。
「ははっ、どっちなんだか」
ちくしょう、顔を赤らめやしないなんて。
私の些細な願望は、優しい笑顔に吹っ飛ばされてしまった。
寄せては返す波のように吹く風が、私の髪を宙に攫う。同じように、西園寺の色素の薄い髪も舞い上げていた。
風からほんのりと花の匂いがする。
あたたかくて、気持ちがいい。
この場所に居るのが私一人だったら、ごろんと寝転がって日向ぼっこをするんだけどな。
今は西園寺も居るから…って、よく考えてみたら、西園寺と二人きりじゃないか。
もしかしなくても、これってチャンスなんじゃ…?
私は西園寺の隣にそっと腰を下ろし、おずおずとヤツの顔を見上げた。
スッと通った鼻筋に、アーモンド型の綺麗な瞳、女の子のように長い睫毛。容姿だけで九割の女のハートを射止めてそうだ。
…それはそれとして、訊き出してしまおう。
「…あの、西園寺くん。さっきのことなんだけど、訊いてもいい?」
「さっきのこと?」
「うん。その、空き教室から高橋さんが出てきた時の…」
私は上目遣いをしながら問いかけた。
西園寺は何度か瞬きをした後、ああ、と思い出したような声を上げると、私に視線を戻す。