龍使いの歌姫 ~卵の章~

「いいのよ。もう、いいの」

力無く首を振ったティアナを見て、クックレオも動きを止める。

「……チッ。そのカラスも捕らえろ。どうやら一緒に死にたいらしい」

フードの一人がクックレオの足をつかみ、縄でくちばしを縛る。

(クックレオ……どうして……)

捕まる前に、逃げようと思えば逃げられた。けれども、クックレオは捕まることを選んだ。

それは、ティアナとの死を選んだとも言える。

「行くぞ」

ずるずると引きずられ、ティアナは外へと連れ出される。

(………レイン………)


処刑場はそこまで遠くなく、もう用意されていた落ち葉や木の板が積み重ねられ、太い木の柱が十字に重なっていた。

火炙りの処刑だと、誰が見ても分かるだろう。

「魔女は火炙り。昔から決まっていますからね」

「……」

ティアナはもう、言葉を発しなかった。ただ、強い意思を宿した瞳で、処刑台を見る。

そして、自らそこへ登ると、他のフードの一人に手や足を十字の木へとくくりつけられる。

クックレオは、ティアナの足元にくくりつけられた。

「言い残すことはありますか?」

「……一つだけ。この国はもうすぐ破滅に向かう。神龍様の力は弱まったわ。後数十年―いえ、数年持つかどうか怪しい……その時に後悔する前に、あなた達自身の穢れに気づくことを願うわ」

ティアナの意味深な言葉に、フードの男は訝しげな視線を返す。

「神龍様が滅びることはありえないでしょう。そして、龍王(りゅうおう)様がいらっしゃる限り、この国が破滅することはありえませんよ」

龍王とは、龍を制する王のこと。月白国を支えている存在だ。

「……覚えておきなさい。形あるものは必ずいつかは崩れ、命あるものはいずれ死ぬわ。神龍様は万能じゃないの。あの方もまた、『生き物』なのよ」

「……気はすみましたか?」

「ええ。言いたいことは言ったわ」

男の言葉に、ティアナは頷く。そして、足元に火が付けられた。

熱い温度が伝わってくる。煙が舞い喉を焼きに来る。

「ごほっごほっ!」

「ティア……ナ」

ティアナの足元にいるクックレオは、真っ先に焼け死ぬだろう。

ティアナはクックレオを見下ろした。

「どうして……クックレオ。私はあなたを死なせるために助けたんじゃないのに」

ティアナの問いに、クックレオは答えない。ただ、静かにティアナを見ているだけだ。

ティアナの視界が涙でボヤける。溢れぬようグッと顔をあげ空を見上げた。

(……私の、レイン。可愛い妹)

レインは無邪気だが賢く、とても優しかった。決して誰かをいじめたり憎んだりせず、受け止めようとする心の強さを持っている。

だが、自分が構いすぎたせいで、甘えん坊となってしまった。泣き虫ではないが、ティアナがいなければ脆くなってしまう危うさがある。

(私……いいお姉さんになれたかしら?)

血の繋がらない、赤の他人。けれども、ティアナにとってはかけがえのない宝物。

ティアナは目を閉じた。瞼の裏にはレインの笑った顔が残っている。

(……さようなら……)
「姉さん!クックレオ!」

「!!」

不意に悲鳴のような声が上がり、フードの男達は振り返る。

「レイ……ン?」

「姉さん!姉さん!」

レインはティアナへと走り寄る。だが、フードの男がレインを受け止めた。

「離して!姉さんとクックレオを返してよ!!姉さん!クックレオ!!」

ティアナへと手を伸ばすと、フードの男はティアナを振り返る。

「もしや、この子が村人の言っていた『ディーファ(赤い悪魔)』ですか?」

ディーファは忌み子の別の呼び方で、古い言葉だ。だが、あまりに差別としては酷い言葉のため、最近では使われていなかった。

「この子も、貴女と死にたいそうですよ?」

フードの男はレインを持ち上げる。

「離して!離してよ!!姉さんとクックレオを返しておじさん!」

「おじ―僕はまだ二十八ですが?!」

三十路前ならおじさんではないという男の言葉などどうでもいいレインは、ティアナの所へ行こうともがく。

男の手からさえ逃れれば、持っているサバイバルナイフで縄を切れる。だが、男はレインを一向に離さない。

「姉さん!クックレオー!」

レインの瞳には涙が溜まっており、顔や体も良く見たら泥だらけだ。

きっと途中で転んだのだろう。その様子がみてとれ、ティアナは胸が痛んだ。

(……置き手紙を置いたのに、無駄になっちゃったわね)

レインの布団の上に、ティアナは手紙を残していた。

自分は暫く遠くへいくという手紙を。

「ううー!はむっ!」

「ぐっ!」

男の手に噛みつき、腕の拘束が緩んだのを見計らって、レインは男の腹部を蹴り飛ばして地面へと転がった。

そして、這いずるようにティアナの元へと走るが、他のフードの数名がそれを許すこと無く、レインの前に立ち塞がる。

「どいて!どかないと……」

レインはポシェットからサバイバルナイフを取り出した。人を傷つけてはいけないとティアナに教わり、レイン自身も傷付ける気はないが、退いてもらうためにこれしかないと思ったのだ。

(………もう……十分よ。レイン)

「姉さん。クックレオ。今助けるからね!」

レインが走り出す。するとその時―。

『駄目よ……レイン』

頭の中に声が響いた。

「?……今の」

間違えようのない、大好きな声。レインはティアナへと顔を向ける。

ティアナは、ただ優しく微笑んでレインを見ていた。

『レイン。私はもう駄目』

もう一度頭の中に声が響く。

ティアナの足はもう焼けてしまっていた。それに、クックレオももう焼け死んでしまった。だが、ティアナは痛みに悲鳴をあげることはしなかった。

『だから、貴女は逃げて。私の分まで生き延びて』
「……いや……いやいや!!」

ぶんぶんと首を振るレインに構わず、ティアナの声は頭に響き続ける。

『レイン。今から私は、禁断の魔法を使うわ。そしたら貴女は、真っ直ぐ森の奥へと走りなさい』

(……魔法?……何を言ってるの?姉さんは、何をするつもりなの?)

レインの心の中の問いかけに、ティアナは答えない。

『レイン。私の希望の光。……貴女はいつか自分の役目を思い出すでしょう。でもね、私は貴女に生きて幸せになってほしいと願うわ。……レイン、最後のお願いよ。横笛を決して誰にも渡さないで』

「姉さん?」

姉の言葉の意味が分からず、ただ困惑した視線を送る。

ティアナは口を開けた。

「……レクス・ステラ・ヴォアノア!!」

ティアナの凛とした声が響き渡ると、突然地響きがし、地面からトラバサミのような鋭い牙を何本も生やした黒い何かが出てきた。

それは、フードの男達とティアナを飲み込もうと口を開ける。

「駄目ぇぇぇぇ!!」

手を伸ばし、駆け寄ろうとすると、またティアナの声が聞こえた。

『……約束よ。レイン、逃げて生き延びるの……そして、貴女は―』

最後の言葉は続かず、牙はティアナとフードの男達を飲み込んだ。

「……や……いや…………っ、いやぁぁぁぁぁぁ!!』

頭を抱え込み、レインは悲鳴をあげた。そして、無我夢中で走り続けた。

最後に見た、ティアナの悲しそうな微笑みが、ティアナの言葉が、レインの頭の中に焼き付く。

ドクドクと心臓が痛い。息が苦しくて足もだるい。けれども、それ以上に恐ろしい。

レインは走った。走って走って、訳がわからなくなるまで。

だが、足がもつれて転んだ。じんじんと痛む体。せりあがる悲しみと恐怖から、目の前が霞む。

「うぐっ、ひっく……うぁ……ああ、ぁ…………うわぁぁぁぁぁ!!」

涙がポロポロと溢れる。

もう、レインの手を握ってくれる人はいない。もうレインを抱き締めてくれる人はいない。もうレインを愛してくれる人はいない。

大好きだった。レインにとっては、ティアナが姉で母親で、友達だった。

恐らく世界中で、誰よりもレインを愛してくれていた。

「姉さん………ひっく……ねぇ………さん………クックレオ……」

とっくに焼け死んでいたレインの友達。物心ついた時から、クックレオはレインの側にいた。

レインは地面に顔を埋めて泣き続けた。何故ティアナは死ななければならなかったのか、何故魔法を使えたのか。

沢山の疑問が沸き上がりながらも、レインはただ、可哀想な姉と友達のために泣き続けたのだった。

どれくらい泣き続けたのだろう?

レインの瞳から流れていた涙は渇き、呼吸も落ち着いてきた。

レインはどこか虚ろな顔で立ち上がると、とぼとぼと歩き始める。

サバイバルナイフはポシェットごと、走ってる途中で無くした。

今レインにあるのは、姉が残した横笛だけ。

(私が、もっと早く帰っていれば……姉さんは)

金色のものを持って走っていたレインは、茂みの向こうに姉の姿を見つけた。

声をかけようとしたが、姉はフード姿の怪しい人達に縄で縛られ連れてかれていき、レインは金色のものを放り出して姉達を追った。

だが、子供の足では大人の足に追い付くことは出来ず、しかも途中で転んでしまったため、レインはティアナ達を見失った。

何とか足跡をたよりに見つけた頃には、姉は張り付けにされ、クックレオも足元に縛られていた。

姉とフードの人達の会話を聞きながら、何とか姉を助ける方法はないかと考えていたのだが、そんな時間はなく、ティアナの足元に火が付けられ、レインは慌てて飛び出した。

(……姉さん………)

村の子供達は、姉を魔女と呼んだ。けれどもレインは、到底信じられなかった。

レインにとっては、ティアナはただの人間で、大事な家族でしかないのだ。

けれども、さっきの光景は間違いなく現実だ。

(もし、姉さんが魔女だったとしても、私は姉さんを嫌いになんてなれない)

正直に言ってしまえば、確かに怖いと思った。呪文のようなものを唱えた姉は、人間には見えなかった。

けれども、最後まで優しく微笑んでいた姉の顔を思い出すと、やはり姉が大好きなのだと思う。

(……家に行けば、何かあるかな?)

そう思ってから、レインは首を横に振った。

(駄目。姉さんを見捨てた村の人がいる所になんか帰りたくない)

村人達がティアナを差し出したことは、幼いレインでも分かった。

そして、恐らくレインのことも差し出したのだろう。もし戻ったら、村人達が何をするか分からない。

(……金色のやつ、取ってこようかな)

姉にあげようと思ったもの。腕に抱いてた時、何だか不思議な温かさがあった。

レインは金色のものを放り出した所へと歩く。今は何だが、温もりがほしかった。

独りぼっちだと実感するのが怖くなり、レインは歩みを進める。足はくたくたで、喉もからから。それでも、レインは歩くことを止めない。

日も沈み、暗くなった森の中に、レインの姿は消えていった。

暗い森の中を、もう一人歩く者がいた。月明かりという頼りない光を目印に、大きな大剣を背負い、茶色のマントをなびかせながら歩く。

真っ黒な髪は、闇の中に溶けてしまいそうだ。

「……白夜村……か」

呟かれた声は、男性のものだった。

「……龍の卵は、生まれる前に壊す」

男の声は、闇と共にかき消えたのだった。


薄暗い森の中を歩いていたレインは、ようやく金色のものを見つけた。

暗闇の中を照らす光を放つお陰で、思ったよりも早く見つけることができ、ホッと息を吐く。

(あった。……?ちょっと重い?)

持ち上げると、最初に持ち上げた時よりも重い。けれども、持てないほどではない。

(……これから、どこへ行けばいいんだろう?)

姉がいつも手を引いてくれていた。悩んだ時は姉が答えをくれた。

けれども、これからは自分で考え、一人で生きていかなければならない。

レインは歩き始める。村とは反対の方向へと。

「姉さん……クックレオ……」

油断すると、レインの涙腺はまた緩んだ。ポタポタとまた瞳から涙が溢れ落ちる。

ピチャッと音をたて、金色のものの上に涙が落ちた。

すると―。

「?温かい」

先程よりも光が強くなり、温かさが増す。

まるで、泣くなと言われているように。

「……あなたは、何?」

問いかけても答えは返ってこない。けれども、レインは少しだけ安心した。

この温かさがあれば、まだ自分は歩けると。

腕から落ちないように、しっかりと抱き直す。

とにかく今は、歩いていくしかない。

(川を探さなきゃ。喉が乾いちゃった)

人間が食事を取らなくても、水だけで少なくとも一週間は生きられる。

とにかく、水だけでも得られなければ。

レインは記憶をたよりに川を探しにいく。この森は何度か姉と入っていたし、川が流れてることも知っている。

―私の分まで生き延びて―

姉の言葉が甦り、レインは誰にでもなく頷いた。

(生きたい。……私、死にたくない)

生きて、生き延びて、そしていつか、姉の死の真相を暴く。

姉を死に追いやったフードの男達の正体も、姉の本当の姿も。

それだけが、今のレインの生きる糧なのだ。

何とか川を見つけ、レインは食事を取るように勢い良く飲み込む。

「はぁ……はぁ…………ふぅ」

喉が潤い、側にある草の上へと金色のものをお腹に乗せながら寝転んだ。

見上げた夜空には、大小様々な星が煌めいている。

(……綺麗……)

あんなことがあっても、星は輝き続ける。星へと手を伸ばしても、レインの手に掴めるものは無く、また少し悲しくなった。

まるで、自分だけがこの世界に取り残されたような気分だ。

けれども、腕の中には温もりがある。その温もりが離れていかないよう抱き締める力を強くすると、不意に足音が聞こえた。

「?」

村人だろうかと思い、後ろを振り返る。

しかし、そこにいたのは見知らぬ男だ。その髪はクックレオと同じくらい黒い、そして片目が隠れている。

唯一見えている瞳は、真っ青だった。

(……何か、怖い)

レインを見下ろす男の瞳に、得たいの知れない恐怖が沸き上がる。

急いで立ち上がると、男を見上げた。

「……誰……ですか?」

万が一に備えて、レインは一歩後ろへと下がる。

「……それは、龍の卵だな」

レインの腕の中にある金色のものを見ながら、男は言った。

「りゅうの……たまご?」

オウム返しに尋ねると、男はおもむろに背中の大剣を引き抜き、レインに向けた。

「っ!!」

「それを、よこせ」

ジリッと草を踏み鳴らし、男はレインへと一歩近付く。対するレインは、金色の卵を後ろへ隠し、男を睨んだ。

本当は、足が震えて仕方なかったが、それを堪えるように足に力を込める。

「駄目!何をする気なの?」

「それを、壊すんだ」

「!……まだ生まれてすらいないのに?何も悪いことしてないのに?」

龍の卵を見たことが無かったレインは、これが龍の卵だとは思っていなかった。

ゴツゴツとしていて、変わった形の石かと思っていたのだが、目の前の男が「龍の卵」と呼んだ。

その瞬間、レインはこの卵を守ることを選んだ。

卵であれ、命ある生き物なのだ。それを簡単に摘み取ってはいけないとティアナから教わっていた。

それに、何故だか守らなければいけない気がしたのだ。

「それは、この世にあってはならない。子供に言っても無駄だろうがな……」

また男はレインへと距離を詰める。

(逃げなきゃ!!)

レインは決心すると、卵を前に抱え直し、身を翻して川へと飛び込んだ。

「!待て!」

男も川へと飛び込もうとするが、川の深さに足を止めた。

この川は普通より流れが速く深めだ。

(……下流に向かった方が早い)

男は川の流れを追いかけるように走っていった。

ぐるぐると、水の中を回りながら、レインは川に流される。

勢いで飛び込んでしまったが、ろくに泳げずなすがままだった。

(……苦しい……)

それでも、腕の中の卵は離さず、抱き締めたままだ。

(私……守ってあげないと……この子……を)

時々上へと押し上げられ、その時に酸素を吸い込むが、一瞬のことなので、また水の中へと沈み、息が出来ない。

(……息が……)

口を少し開けただけで、大量の水が流れ込み、咳き込んでも、また水が入ってくるという悪循環を繰り返し、レインの意識は遠のく。

すると、頭の中にティアナとの日々が流れる。

走馬灯と言うやつだろうかとぼんやり考えながら、記憶の扉を開ける。

『姉さん、龍と竜って何が違うの?読み方はどっちも「りゅう」なんでしょう?』

昔、姉に龍の違いを聞いた。

『こっちの「龍」は、翼をもった高度な龍のことよ。龍の能力が高ければ高いほど、火を吐くこともできるし、色んな動物にも変身できるの。後、頭も凄く良いから、龍の中には人の言葉を話せる龍もいるわ』

レインを膝の上に乗せながら、紙に書かれている文字を指差す。

『じゃあ、こっちは?』

シンプルな字の竜を指差すと、ティアナは少し悲しそうに眉を下げた。

『こっちは、翼の無い龍のこと。勿論、火も吐かないし、変身もできない。知能も低いから野生の動物とあまり変わらないわ。この竜は角や鱗、爪や牙などを採取し装飾品や武器を作るために使われているの。後は、食料として飼育されているわ』

『お祝いの時に、村の人が火を囲んでお肉を焼いてるよね?あれが竜のお肉?』

レインの問いかけに、姉は頷く。

『そうよ。竜のお肉はとても貴重で最高級品と言われているから』

『じゃあ、いつか私も竜のお肉食べられる?』

『……そう……ね……』

言葉を濁し、ティアナは視線を反らした。そして、ポタッと涙を溢した。

『姉さん?』

『え?……あ、ごめんなさい』

『どこか痛いの?』

レインの心配そうな声に、ティアナは涙を拭く。

『何でもないわ。何でも……ないのよ』

『………』

レインはティアナの頭へと手を伸ばした。

『レイン?』

『よしよし。痛いの痛いの飛んでけー!』

ティアナの頭を撫でてから、明後日の方向へと手を振る。

『……ぷっ。ふふ!レインったら』

『良かった!姉さん笑った!』


(…………姉さん)

視界が暗くなり、レインは卵を手放し流された。

放り出された卵は、そのまま深く沈む―かと思われたが、卵はレインの後を着いていくように流れていった。

そして、いっそう深い所へとレインは流され、そのまま沈んでいく。

しかし、レインの胸元から出ていた横笛が青白い光を放つと、レインを包むように大きな泡ができ、湖の底の壁に空いている穴へと入っていく。

そして、レインを包んだ泡と卵はどこかへ流されていった。

日が登り始め、太陽の光がキラキラと水面を彩る。

「………」

下流の湖に来た男は、目的の人物が見当たらないことに眉を潜める。

もしや、湖の底に沈んだのだろうか?

けれども、卵は浮かんでいる筈だ。そう思いながら目を凝らしても、卵は見つからない。

湖の向こうには森しか広がっておらず、間違いなくここが川の終点だった。

(……あの娘)

恐らく、もう生きてはいないだろう。

怯えながらもそれを隠そうと必死にこちらを睨み、卵を守ろうと川へと飛び込んだ。

無謀なものだと思いながら、男は驚いた。子供と言うのは、ただ泣き叫ぶことしか出来ないと思っていたからだ。

(赤い髪に、赤い瞳。忌み子……)

あの髪色を見れば、一目で少女の待遇は分かる。恐らく恐れられ、迫害されていたのだろう。

だが、少女の瞳には強い意志が宿っていた。それに、迫害を受ければ、嫌でも心は荒んでいく。

けれども、少女にはそんな気配はなかった。

それは、少女は心優しい誰かに育てられたからなのか、少女の心が元々優しかったのか。

だが、考えたところで仕方がない。

卵はもしかしたら、少女が重石の代わりとなって一緒に沈めてしまったのかもしれない。

だとしたら、これ以上の捜索は無駄だろう。

「竜騎士。こんな所にいたのか」

竜騎士と呼ばれた男は、後ろを振り返る。

「……何か用か?」

「城へ戻れと命令があった。……卵は?」

「……無くなった」

嘘はついていないため、竜騎士はそう答えた。

「ふーん、ならいいか。……しかし、『竜騎士』っていう称号は皮肉だよな」

同僚の言葉に、竜騎士は無言で先を促す。

「俺はただの護衛兵だが、お前は竜の首を落とすのが仕事だからな。竜殺し、または竜狩りをするのが役目だ。騎士って言うと、守る者って感じだろ?」

だが、竜騎士の役目は城で飼育されている、役目を終えた竜の首を狩ることと、野生で龍が生まれないように卵を壊すことだ。

「そう言えば、この国のどこかに『龍の谷』ってのがあるみたいだが、本当だと思うか?」

野生の龍が沢山住んでいるというのは、物語の中でのお話だ。だから、竜騎士は信じていない。

「……城に戻るぞ」

「あ、待てよ」

背を向け歩き出した竜騎士に、同僚はやれやれと肩をすくめてから、後をついていく。

(お堅いというか……ほんと、読みづらい男だな)

気軽に酒でも飲もうなどと誘えないタイプだ。

(まあ、そもそもこいつまだ成人してないらしいけどな)

確か、城で最年少でありながら、竜騎士になった男だと記憶している。

だが、正確な年齢は不明だ。子供でないことは確かであるが。

そんなことを考えながら、同僚はやたら眩しく光る太陽に目を細めた。

ズルズルズル。

何かが引きずられるような音が耳に響く。

おまけにお腹や足が痛い。

「……う……ん………?」

うっすらと目を開けると、像のようなピラピラな耳たぶに金色の丸いピアスを両耳に着けた、浅黒い肌の変な生き物が背中を向けていた。

上半身は何も身に付けておらず、赤いトンガリ帽子と赤いズボンをはいており、肩には縄を担いでいる。

ふと気になって横を見ると、同じような姿をした生き物が、卵を縄でぐるぐる巻きにして引きずっていた。

(え?……え??)

起き上がろうとして気付く。身動きが一切出来ないのだ。それに、体が何かで縛られているように窮屈で、レインは顔だけ自分の体を見る。

だが、顔だけ振り返っても、後ろの森が少し見えるだけで、自分の今の状態は分からない。

(この人(?)の縄、私に繋がってる?)

と言うことは、考えられることは一つだけだった。

(私、卵みたいにぐるぐる巻きにされちゃったの?!)

驚いても、生き物は引きずることを止めない。

「……あの」

レインが声をかけると、生き物は振り返った。

まるで黒豆のように小さい目が、レインを覗きこむ。しかも、鼻の下には白い髭が生えており、何だか小さいお爺さんのようだ。

「えと……あの……痛いの」

「イタイ?」

顔をグッと近付け、生き物は尋ねる。片言で何とも不思議な声だ。

子供のようにも大人のようにも聞こえる。

「………」

「イタイ?」

呆けるレインに、生き物はもう一度尋ねる。それにハッとしたレインはぶんぶんと首を縦に振った。

「うん、痛いからほどいてほしい!」

「ショウチ」

生き物は頷くと、レインの縄をほどいた。

自由になった両手を上に上げ、レインは伸びをすると、卵を見る。

「その子の縄も解いてほしい」

「ウム。ショウチ」

卵を引きずっていた小人が頷く。

声がどっちも全く同じなので、どっちが喋っているのか分からなくなりそうだ。

卵の縄が外されると、レインは卵を抱き上げた。

(?また重くなった?)

不思議に思って首を傾げる。だが、まだ運ぶのには支障はないので、取り敢えず今の状況を確認することにする。

(あ、その前に……良かった。横笛あった)

無くしてしまっては大変だ。レインはしっかり横笛を服の中にしまいこむ。

「ねぇ?あなた達は誰?」

「ワレラ、コビト。リュウゾク、オトモダチ」

小人という言葉は分かったが、リュウゾクという言葉に首を傾げる。

「リュウゾク……龍族?それとも竜族?」

その辺の小石で、地面に文字を書く。すると、小人は「龍」の文字を指差した。

どうやら字が読めるらしい。

「こっちの龍かー。でも、龍って神龍様しか居ないんでしょう?」

ティアナから聞いた話を思い出す。昔は龍が沢山いたが、人間が国を納めてからは、神龍以外の龍は羽が無くなったと。

だから、竜と呼んだと。

「リュウゾク、タニ、イル。ソノカタ、リュウノ、オトシゴ。ダカラ、オマエ、タスケタ。ワレラノトモ、オマエガ、スクウカラ」

「この子が龍の卵で、龍の子供なのは分かったけど、あなた達のお友達だから、この子と一緒にいた私を助けたってこと?」

レインの言葉に、小人は同時に頷いた。