「トラウマ、ですか……?」


「ええ」


手にしていた歴史の本をパタリと閉じると、先生は窓の向こうに視線を遣った。


「子どもの頃、城に侵入した獣人の子どもに襲われたご経験がおありなのです。それ以来、朗らかで明るい子供らしい性格から、今のようにあまり感情を表に出さない性格に変わってしまわれたそうです。よほどショックだったのでしょうね……。そのご経験からも、エドガー殿下は獣人を嫌われていらっしゃるのです」


エドガーの身の上を労わるように、歴史の先生は表情を曇らせる。


あの冷徹な王子にそんな過去があったなど、思いもしなかった。だが、いくらトラウマを抱えているからといって、獣人を迫害していいわけがない。


「人里離れたところにいるとはいえ、これ以上危険な獣人を放っておくわけにはいきません。エドガー殿下は今、獣人を国から追放する政策を練っておられると聞きました。一日も早く殿下が安心して治められるような国になるよう、私は願っております」


歴史の先生のその一言は、ジルの心に更なる火をつけた。


人間だって、暴力を振るったり他人を襲ったりすることはある。それなのに、なぜ獣人だけが追放されなければならないのか? その不平等さに気づいていないエドガーは、ジルにはやはり能無しとしか思えなかった。


(クロウは無事かしら。一日も早く、クロウを救い出す策を練って、エドガー王子のもとから逃げ出さないと)


地下牢は東棟にあると、侍女の一人に聞いた。ランバルドは約束通り釈放されたらしい。だがクロウは今もそこで、不憫な毎日を過ごしているのだろう。


クロウのことを思うと胸がぎゅっと苦しくなり、泣きそうになる。ジルは歴史の先生にバレないように下を向くと、そっと唇を噛んで涙を堪えた。