翌日から、エドガーの近従としてのジルの毎日が始まった。


まずは、城に仕える者としての最低限の教養を学ばされた。シルディア国の歴史や語学といった勉学から武術まで、専門の先生のもと幅広い分野にわたり叩き込まれた。式典や祭典での心構えや立ち振る舞いなども、こと細かく教えられる羽目になる。


「エドガー殿下は、とても立派なお方です。三年前のダズウェル国との闘いは、それは見事でした」


エドガーに夢中になっている歴史の先生は、うっとりとした面持ちで、繰り返し彼の魅力をジルに語るのだった。


約三百年前に建国されたシルディア国は、百年にも及ぶ戦いの末、数多の国を統治し大陸一の大国にのし上がった。だが三十年ほど前から隣国のダズウェル国がみるみる力をつけ、度重なる侵略によってシルディア国を脅かすようになったという。


現国王は戦いを好まない温厚な性質でありダズウェル国の侵略政策に頭を痛めてきたが、三年前二十歳になったばかりのエドガーが見事な戦略を練り、自ら軍を率いてダズウェル国の兵士たちを一網打尽にしたという。


それ以来エドガーは国民から現国王をしのぐほどの人気で、次期国王にとの声が絶えないらしい。


「エドガー殿下は、この国をお救いになっただけではございません。この国の孤児や貧民層のためにと孤児院や救護院を積極的に設立し、自らも定期的に訪問なさるようなお優しいお方なのです」






歴史の先生の声を、ジルは信じられない気持ちで聞いていた。あの氷のように冷ややかな瞳をした男が国のために立ち上がり、貧しい人々に手を差し伸べるなど、想像もできない。


「でも、」とジルは我慢し切れず声を出した。


「エドガー殿下は、獣人を冷遇していると聞きました。獣人だって、この国に住んでいる国民です。彼らの権利を剥奪しようとしているような人は、私は尊敬できません」


歴史の先生は驚いたあとで、渋い表情をする。


「エドガー殿下の近従であるあなたが、そのようなことを言ってはなりません。だいたい、獣人が危険なのは確かなことなのです。先日もバザールで獣人が暴れ、民が大けがをしたと聞きました」


歴史の先生の強い眼差しに、ジルは口をつぐむ。ジルが反論しないことを見定めると、歴史の先生はため息を吐きながら先を続けた。


「それにエドガー殿下には、獣人との間にあるトラウマがあるのです」