………――

どこかで嗅いだような香りがする。


森林と柑橘系の果物の混ざり合ったような、清々しい香りだ。


目を開いたジルは、ベッドの天蓋模様を眺めながらそんなことを考えた。


綿摘みに行く際に着ていたモスグリーンの作業着用のワンピ―ス姿のまま、いつの間にか豪華な調度品で埋め尽くされた見知らぬ部屋に横たわっている。



ここはどこだろう?と困惑しつつも、頭の中は見たばかりの夢の余韻に満ちていた。


あれは、何の夢だったのだろう?


今まで、こんなリアルな夢を見たことは一度もない。


それにしても、腑に落ちない点がある。


「私は、獣人じゃない……」


ぽつり、と呟くジル。夢の中のように、獣人の子供であったならどんなに良かっただろう。だが残念ながら、ジルは特異な能力があるとはいえ、正真正銘の人間だ。


すると、思いがけず返事があった。


「見れば分かる」





どこかで耳にしたことのある男の声だった。どちらかというと低めの、無機質な声だ。


ジルはビクリと肩を揺らすと、体を起こす。


ベッドの脇にあるビロードのひじ掛けソファに、ダークブルーの冷ややかな目をした男が足を組んで座っていた。


(エドガー王子……)


切れ長の瞳に、筋の通った鼻梁、薄い唇。まるで計算しつくされたかのような整った顔立ちに、気品に満ちた佇まい。鋭く揺らぎのない眼差しは、男らしさに満ちている。


全てを持ち合わせている彼に、今まで多くの女が見惚れてきたことだろう。だがジルの胸には、憎しみしか沸き起こらない。


どうしてこの国の第一王子であるエドガーが、ジルをこんな部屋に連れて来たのか。疑問はいくらでも募るが、それよりもクロウとランバルドを返して欲しいという気持ちの方が上だった。






「エドガー殿下……」


ジルはふらつきつつも立ち上がると、エドガーの前に膝を付く。


憎き相手とはいえ、仮にもこの国の次期後継者と噂されるほどの男だ。どういうわけでこういう状況になったのかは知らないが、普通であればジルのような平民が軽々しく口を利いていい相手ではない。


「お願いがございます」


ジルが震え声で切り出しても、エドガーは黙ったままだった。下を向いていても、あのダークブルーの瞳が蔑みの目でジルを見下ろすのをじりじりと感じる。


「どうか、お願いです……。クロウと、ランバルドさんを返してください……」