王都バルザックから遠く離れた獣人村の初夏は、緑が溢れ輝くように美しい。


その日ジルは、獣人村の外れにある畑に実った綿を収穫していた。綿の実の収穫は、若い女たちの仕事だ。ジルだけでなくクロウの恋人のフローラ、それに数人の女たちが、籠を片手にひとつひとつ丁寧に綿のはじけた実を見繕っていた。収穫した綿を紡いで作った糸は、獣人たちの貴重な収入源になる。


おおかたの実を収穫し終え、女たちはお喋りを楽しみながら野山を抜けて帰路につく。すると、集落の方から血相を変えて数人の男たちが駆けて来た。


「大変だ! ランバルドの家を、シルディア城の軍隊が襲っている!」


顔面蒼白になったジルの手から、綿の詰まった籠がドサリと地面に落ちる。


(まさか……)


ジルは息を呑むと、ランバルドの家の方へと勢い良く駆けて行った。




男の言うように、ランバルドの家の周りには立派な馬が数頭繋がれていた。鞍には、シルディア国の象徴である鷹の紋章が施されている。


家の窓もドアも開け放たれ、中からは何かを物色しているような物音が響いていた。殺伐とした空気の中、庭先でランバルドの妻のエレナがへたり込み、泣き崩れている。


「エレナさん……っ!」


ジルが駈け寄れば、エレナはすがるようにジルを見上げた。


「ジル……、どうして? 夫もクロウも、罪人として城に連れて行かれてしまったわ……」


ジルの喉の奥が、渇いたようになる。間違いなく、先日のバルザックでの出来事が原因なのだろう。あの冷徹な王子は、やはりクロウを見逃すつもりなどなかったのだ。


「どうして……? 私たちは人間に迷惑をかけずに、慎ましく暮らしていたはずのに……」


「エレナさん、落ち着いて……」


気が動転しているエレナをどうにか落ち着かせようと、ジルはそっと背中を撫でる。堪らなくなったのか、エレナはついに嗚咽を上げた。


「今も無理やり家の中に入って何かを捜しているの……。いったい、何を捜しているのかしら……」


エレナの声に、ジルは拳を固く握ると立ち上がった。


クロウが罪を犯したのは確かだ。だが、罪のないランバルドまで連行するのは間違っている。それに家の中を勝手に物色するなど、いくら王城の軍隊と言えども許されない行為だ。