ジルとクロウは、どうにか馬車に乗り込んだ。馬車を操っているうちにクロウは徐々に正気を取り戻し、獣人村に辿り着く頃にはすっかりもとの飄々とした彼に戻っていた。


バザールでのいざこざを、クロウが思い出すことはなかった。


理由はどうであれ、自らの牙で人を傷つけたことを知ったら、優しいクロウは正気ではいられなかっただろう。


人前で能力を使ったことがランバルドに知られなかったのも、ジルにとっては好都合だった。


後ろめたい気持ちはあったが、実の父親のように慕っているランバルドを傷つけたくはないという思いの方が勝っている。


そしてまるで何事もなかったかのように、獣人村での平穏な日々が再び始まった。


それでも、ジルの胸の内はいつも不安でいっぱいだった。






(どうして、エドガー王子はあの時クロウを捕らえなかったのかしら……)


人を傷つけ騒ぎを起こしたのだから、捕らえられて当然だろう。ましてやクロウは獣人なのだから、捕らえられるどころかその先にはもっとひどい処罰が待ち受けていてもおかしくはない。


にも関わらず、エドガー王子はクロウとジルを逃がした。そのことに違和感を覚え、ジルは落ち着かない毎日を過ごすことになる。


そしてジルとクロウがバルザックのバザールで騒ぎを起こしてから一週間後――ジルの不安は現実となったのだった。