そんな声に、はさみを持つ手がピタリと止まる。


喉に針を刺したような痛みが走った。


【5kg体重を増やせば1億円。簡単なことでしょう】


1億円。


想像もできないような、桁違いの金額。


それだけあれば、なんでも夢が叶えられるだろう。


でも__私にはできない。


5kg分も由加里を食べるなんて、非道徳なことするくらいなら、ここまま終わりにしたい。


再びはさみを振り上げた。


【わかりました。この場から解放しましょう】


地響きがし、壁が音を立てて動いた。


ずっと私が望んでいた、出口だ。


ようやくここから、この地獄のような場所から抜け出せる。


やっと、悪魔のダイエットから解放されるんだ。


はさみを投げ捨て、なんとか立ち上がった。


よろよろと、頼りない足取りで出口に向かう。


途中、よろけて転んでしまった。


膝をしたたかに打ちつけたが、這うようにして進むのをやめなかった。


もうごめんだ。


2度とこんなところ、舞い戻りたくはない。


1億円なんていらない。


ここから出て、以前の生活に戻れるならそれ以上に望むものはない。


出口に手をかけ、しがみつくように立ち上がる。


由加里を振り返ることなく、一歩、前に進んだ時だった。