下宮の前を通らないルートで真っ直ぐに参道へと戻り、唯一開放されていた神社で御参りをしたあと、慶に降ろされた場所から少し離れたところへと連れていかれた。

駐車場にぽつんと一台停められたバイクは月明かりを反射して黒々と輝いている。


「かっこいい……!」


バイクが特別好きなわけではないし、詳しくもないけれど、思わず前後左右を見て回り、感嘆の声を漏らす。


「花奏を一番に乗せたかったからいいやつにした。先輩に店紹介してもらって、このスペックで予算内。本当にありがたい」


嬉しそうな顔でヘルメットを取り出す葵衣に、今言うべきか迷う。

葵衣なら気付くと思って言わずにいたのに、この様子からして、察していないのだろう。


「あ、あのね、葵衣……」


「ん?」


「実は、っていうか、さっきも言ったと思うけど、わたしここには慶に連れて来てもらったんだよね」


矛先がわたしに掠りながらも慶に向かうことが申し訳なくて、語尾が小さくなる。

皆まで言わずとも伝わってしまったのか、葵衣の眉間に寄っていく皺。


「で、でも! 慶が乗せてくれなかったらここに着いたかもわからないわけだし、ね……?」


「あいつ……」


「葵衣!顔、怖いよ」


帰り道の方向に向かって睨みをきかすから、葵衣の正面に回って背伸びをする。


「心配するな。花奏にも怒るから。あとでな」


「わたしがしてる心配と違う気がする……」


「あ?」


濁らないだけ幾分かマシな、凄味のある声。

どうにかして話を逸らせないかを考えて、浮かんだのは墓穴を掘るような過去の話。


「葵衣、中学の頃に彼女いたよね」


「ああ……そんなことは覚えてるのな。いたけど、原因は花奏だから掘り返してヤキモチ焼くなよ」


「わたし? なんで? 」


話を振った時点ですでにふつふつと嫉妬心が見え隠れしていることを誤魔化して、質問で返す。

葵衣は気付いているのかいないのか、わたしの頭に手を置いて柔らかく撫で始める。


「ピンクのド派手な髪のコテコテなヤンキーと家の近くでゲラゲラ笑ってんの見たんだよ」


「ヤンキー……」


ピンクのド派手な髪、それもコテコテのヤンキー。

そんな知り合いはいないけれど、家の近くで大笑いをした記憶は一度だけある。

そのとき一緒にいた相手の奇抜なファッションのことは、よく覚えている。


「それ、慶だよ」


「…………は?」


「だーかーら、慶!ほら、慶のお兄さん、歳離れてるけど美容系の学校に行ったじゃん。学祭に行ったら遊ばれたって半泣きで帰ってきたところ見つけて笑ってたんだけど……多分、それだよね」


他には本当に心当たりがない。

あのときの慶は服装も上から下までコーディネートされたらしく、いつもとはまるきり違う雰囲気をしていた。

半泣きなせいで目元のメイクは落ちかけていたけれど、遠目に見たら誰だかわからないものなのかもしれない。


「携帯持ってなかったから写真はないんだけど……すっごい笑ってた、確かに。で、何でわたしのせいなの?」


「……もういい」


「よくないよ。え、まさか、慶が違う男に見えてそれでヤケになったの?」


「ほんっと、腹立つなあ!慶も、花奏も」


葵衣が声を荒らげるのは珍しい。

だから、怒られていることも忘れて吹き出してしまうと、ぐわっと両頬を掴まれる。


「わ、ら、う、な!」


「ふふ、だって……仕返しに彼女作るって……めちゃくちゃ失礼だよ」


「あの子、学期末で引っ越すっていうから期間限定で付き合ってたんだよ。そんなことするなって言ったんだけど、聞かなくて。最初から期限があるってことに甘えてたんだろうな、俺も」


「ずるいね、葵衣」


「そういうところだけは似たんだな」


頬に埋まる葵衣の指がむにむにと揉むように動いて、くすぐったさに首を攀じる。

すると、首元に視線を落とした葵衣が指先を “ それ ” に滑らせた。


「これ……」


二本のゴールドのチェーンを掴んで引き上げると、ふたつの石が空中で重なり合う。


「葵衣が置いていったから、わたしが持っていようと思って」


本当は写真立てと一緒に仕舞うつもりだったけれど、葵衣を見つけたら両方持たせようと思って、探している間は肌身離さずに首につけていた。


「見つけるの早すぎだろ。まさか、いつも俺の部屋に入ってんじゃないだろうな」


「二回しか入ってないよ」


「あの写真のマーカー、消したの花奏だろ」


「あ、そうだ。写真、何であんなことしてたの?」


「それは……」


苦い顔をして、ネックレスを指先に巻き付ける葵衣をじっと見つめていると、諦めたように話を始める。


「俺だって、妹を好きでいることを最初から受け入れてたわけじゃない。花奏なんかって罵倒したし恨んだし嫌にもなったけど、嫌いにはなれなかった。その結果が写真の自分を消すだけの、意味のない行動。ネックレス隠すのに久々に見てみたら、めちゃくちゃ雑に消されてて、花奏がやったってすぐにわかった」


一瞬、月明かりと外灯に照らされた葵衣の顔が翳ったように見えた。

葛藤も何もなく想い合えるような関係でないことは、わたしも身を持って知っている。


「……もう、消さないで」


「消さないよ。花奏がいてくれるから」


その言葉の意味を葵衣は教えてくれなかったけれど、わたしも同じことを葵衣に思っていた。


葵衣のいる未来を望むことが出来る。

わたしの未来に、葵衣がいてくれる。


それだけで、今は安心して葵衣に身を委ねられる。