「慶にずっと言われてたんだ」
夜警のおじさんとすれ違って、ぺこりと頭を下げる。
こんな時間に未成年がふたりでいることを怪しまれるかと思ったけれど、ライトで足元を照らしながら遠ざかっていった。
途切れた言葉の続きを、握られた手に力を込めることで促す。
「花奏には言えよって」
わたしもその台詞を知っている。
少し、葵衣へのものとは違うけれど。
「葵衣にだけ言えって」
ぽつりと零して、ふたつの言葉の意味を考える。
結び付きそうで結び付かない因果関係に首を傾げると、葵衣が深く大きな息をつく。
「あいつが一番知ってたんだろうな」
「……葵衣は、慶に相談とかしてた?」
何を知っていたのかは、口にしない。
零せば足元が崩れてしまうような、爆弾だから。
「小学生の頃に男子グループでそういう話になって、俺は言えなかったんだ。単に、そいつらも花奏を知ってるから嫌って理由で。適当に誤魔化してたんだけど、後から慶がしつこくてさ。『 誰なんだよ、教えろ! 』って。それで、慶ならいいかと思って教えた」
「それだけ……?」
「それだけ。まさかずっと覚えてたとはな。まだ継続してることを疑っていないことにびっくりした」
慶は葵衣の気持ちもわたしの気持ちも知っていた。
その上で、兄妹なんて、双子だなんて関係ないと言って、似ているけれど違う言葉で背中を押してくれていたのに、今日に至るまでにわたしは何度葵衣とすれ違ってきたのか、数えることも出来ない。
能天気でアホで、いつも葵衣にからかわれていびられていた慶が、一番わたし達のことを知っていた。
ここへ来る前、懇願するように、縋り付くように、呆れて怒って手紙を突き付けたとき、どれほどの焦りを感じたのだろう。
『 幼馴染みである前に葵衣の親友 』
そう言って、一度はわたしを突き放した慶の気持ちが、今なら掬い上げるようにわかるけれど、それはほんの表面だけ。
感謝を投げて足りるものであるとは思えないけれど、慶がずっと背中を押すために言ってくれていたことを、ようやく踏み出す勇気に変えられそうだ。