そして、失恋をする



『こんな私を好きになってくれて、ありがとうございます。実は、私もあなたのことがずっと好きでした。けれど、私はもうこの世からもうすぐいなくなるみたいです。だから私のことはもう忘れて、新しい人を好きになって幸せになってください』



「おはよう、千春」

元彼女が眠るお墓の前で、僕はまぶたを閉じて両手を合わせた。

まぶたを閉じて線香の煙の匂いを嗅ぐと、元彼女の〝冬川千春〟の姿が脳裏によみがえる。

華奢な体型に、色白の肌。胸まで伸びたやわらかな黒色の髪の毛に、整った顔立ち。そして、はかなげに揺れる、千春の魅力的な黒目がちの瞳。

千春の美しい外見を好きになったのもあるが、それ以上に入退院を繰り返し、一週間しか生きれない残り少ない人生の中、明るく前向きに生きていた彼女の性格に一瞬で好きになった。

「千春が死んでから、もう二年も経つんだなぁ」

僕は閉じていた目を開けて、冬川千春の名前が深く刻まれている、灰色の墓石を見つめた。

しかし、千春が死んだのは病気じゃなかった。少年たちが運転する、バイクに轢かれて命を落とした。余命わずかだった千春を自分の家に呼んで、僕は彼女が死ぬ前に告白することを心の中で決めていた。しかし、告白できないまま、夜になって千春は僕の家から帰っていた。その帰り道の途中、千春はバイクに轢かれた。
「ごめんな、千春。こんな僕みたいな男のせいで、千春に苦しい思いをさせて………」

二年前に別れてからずっと、僕は千春が眠るこの墓石に一日一回絶対足を運んでいる。そして、千春に謝っている。

「僕、千春が好きだったんだよ」

おそすぎる告白も、今となっては後悔しかない。

「じゃ、また来るよ。千春」

そう言って僕は、学校に向かった。



午前八時四十五分、僕は通っている私立の高校に到着した。お墓から市バスを乗った後、電車を二十分ほど乗る。そして十分程度歩くと、僕の通っている私立の高校に到着する。家から学校までの道のりは距離があって大変だけど、高校に着くとそんな気持ちは消える。

「よ、陸」

「ん!」

背後から親しげに僕の名前を呼ぶ声が聞こえて、後ろを振り向いた。振り向いた視線の先には、親友の松本修也がいた。

「なんだ、修也か」

そっけなく僕は、親友の名前を口にした。

修也とは家も近く、小さい頃からの付き合いだ。つまり、僕の好きだった〝冬川千春〟のことも知っている。

「なんだとは、冷たいじゃないか。長い夏休みが終わって、やっとこうしてお前に会えたというのに」

「夏休み中も、会ってたじゃないか」

「ははは、そうだな」

言い返した僕の言葉を聞いて、修也は小さく笑った。
「それより、今日も千春のお墓に行って来たのか?」

「あたりまえだろ。これからも、毎日行くさ」

僕は、はっきりとした口調で言った。

今までなにもかも途中で投げ出してきた僕だが、これだけは続けている。千春のお墓参りをすることが、彼女とつながっているように思えるからだ。それと同時に、千春以外に人を好きになることはないと決めていた。

「でも、千春が死んでもう二年も経つんだぞ。もうそろそろ千春のことを忘れて、新しい恋をした方が彼女はよろこぶじゃないのか」

修也は心配そうな表情で、僕をなぐさめた。

「よけいなお世話だ」

僕は、冷たく言った。

僕は、千春以外の女性を好きになりたくなかった。好きになってしまうと、千春のことを忘れてしまいそうで怖いから。
「でも、千春とはずっと一緒にはいられなかったんだ。バイクに轢かれてなくても、千春はもう、この世にはいない。だから、お前が引きずることはないと思うぜ」

「………」

僕をなぐさめる修也のこのセリフも、何回聞いただろうと、心の中で思った。

僕をなぐさめてくれていることには感謝しているが、そんなことが言えるのは、修也が千春と恋愛関係ではなかったからだ。千春と修也は、友人関係だった。もちろん千春が亡くなったときは修也も悲しんでいたが、僕以上に引きずってはいない。

「たしかにそうだけどさぁ………」

僕は一週間しか生きれなかった千春の残り少ない余命を思い出して、かすれた声で呟いた。

ーーーーーーたしかに修也の言うとおり、バイクに轢かれてなくても、千春とは別れていた。でも、あのとき自分の想いを伝えて、千春がバイクなんかに轢かれなかったら、こんなに僕は彼女に引きずることはなかったと思う。

あのとき言えなかった告白が、今となっても僕の心を苦しめる。
「席につけ」

修也と話していると、開いた教室の扉から担任の小林智先生が入ってきた。

メガネをかけた身長百八十センチぐらいの、すらりとした三十代前半の若い男性教諭だ。僕たち一年五組のクラスの担任の教師とともに、数学の授業も教えている。

「じゃ、また後でな」

短く言って修也は、自分の席に戻った。

「じゃあ」

ひとことだけ言って、僕は軽く右手を上げた。

修也と僕の席はかなり離れており、こうした休み時間以外はしゃべることはなかった。

「みんな、おはよう。夏休みが終わって、今日から学校生活がまたスタートします。休み明けで体がしんどいかもしれませんが、勉強や部活動、今しかできないことをがんばってやりましょう」

担任の小林先生のさわやかな朝礼を耳にすると、学校が始まったんだと実感する。