「あの病室です」

カルラが指差した部屋のあたりだけ、真っ暗な廊下の中でぼうっと明かりが灯っていて、少し騒がしかった。

深夜だというのに数人の人が集まっており、嗚咽や、すすり泣く声が聞こえて来ていた。

「0時03分、ご臨終です」

部屋の前まで来ると、医者らしき男が心苦しそうに家族にそう告げていた。
私は家族の前を通り過ぎ、たった今亡くなった60代前半の男性の前に立った。

病気と闘ったその姿は悲しいくらい痩せこけていて、頭髪は全て抜け落ちていた。
私はすすり泣く家族を尻目に、その男性の臍の下辺りに手をかざした。

ふわっと彼の魂が身体を抜け、ベッドの横に降り立った。
霊だが、まるで肉体があるかのようにはっきりとその姿がみえる。ーー透けていたり、足がなかったりという話は、人間の想像に過ぎない。

男性は一瞬、驚いたように横たわる自分を見ていたが、闘病生活が長く、自分の死を悟っていたのか、直ぐに状況を理解したように見えた。
そして、その視線がついに私とカルラを捉える。

「ヒッ!!し、死神…!?」

男性がカルラを見て驚いたように身を仰け反らせたので、私はお決まりの台詞を言った。

「ーー落ち着いてください。見た目こんなんですけど、とって食ったりはしませんので」

私が話し出すと、戸惑っている男性の視線が私に移った。ーー同時に、カルラも少し咎めるようにこっちを見た。

「き、君も死神なのか?」

とてもそうは見えないというように、男性は私の姿を凝視した。
この人間の普段着のような格好では、無理もない。ーーただし、だからと言って黒いフードを着る気は全くない。

「まあ、似たようなモノです。私たちの仕事は、人間が想像するようなものではありません。あなたの魂を、無事にあの世に送るのが私たちの役目ですので」

「そ、そうですか…」

半信半疑といったように、男性はカルラと私を交互に見つめた。

「死は覚悟していたが…いざ、その瞬間が来ると受け入れ難いものだ…」

泣いている妻に切なげに視線をやりながら、男性は私たちに問いかけた。

「今すぐに逝かなければなりませんか?」

「あまり長くは止まれません。霊体のままでこの世界に留まると、良くない影響を受けるのでーー」

私の言葉に、男性は肩を落として溜息をついた。
自分の死に打ちひしがれている家族を今直ぐに置いていくのは、とても心残りだろう。
でも、この世界の波動では、長く留まる程に穢れてしまう。
そうなると、サイクルに還ることが困難になってしまうのだ。
彼の表情に迷いが現れたので、私は空かさずに言った。

「この場は直ぐに離れないと行けませんが、あちらに行くと49日間、魂を癒しながらこの世界を覗くことができますのでご安心を」

「本当ですか…?」

彼の不安気な問いかけに、私は自信なく微笑んでカルラを見た。
光の中に還ってからのことは、輪から弾かれた私には分からないのだ。ただ、そういうものだと教えられてきた。
カルラは私の視線に気づくと、私を安心させるようにカクンと頷いた。

「はい。ご安心ください…」

それを聞くと男性は、涙を流しながら自分の妻と家族をそっと抱き締め、今までの感謝の言葉と、それと、「ごめん」とだけ囁いた。
そしてこちらに向き直ると、覚悟を決めたようにゆっくりと頷いた。

「では、行きましょうーー」

私たちは男性の魂を連れ、病院の屋上へと移動した。