通話が切れたスマホを銅のポケットに戻した九重は疲れたように左腕を揺らす。
避難に急ぐ車もめっきり減り、銅班の乗る車両は大胆に中央を走行する。その大通りの遥か左前方に、57階建て4つ星ホテル“エンペラーホテル”が顔を出す。
最上階付近の階層の一室からはけたたましい発砲の光が漏れ、激戦の様子を伺える。

「おーい銅ぇ!」

右後方から近づく車のワゴン車の助手席の窓から顔を出し、緋野和義が大声で呼ぶ。
しかし反応がないため車を真横に並走させ再び呼ぶ。

「銅ぇ!」

「うるせぇ!今運転中だ気が散るだろうが!事故装って爆発させてアフロにしてやろうかゴラァ!」

「うえねるず!」

「うえねるず?何言ってんのか分かんねーよ!」

「だーかーら!上に…」

緋野が言い終わる直前、鈍い音を立てながら巨大な鎌のような刃が屋根を貫き銅の左肩を掠めた。

「いっっっ!」

銅の体は刃の勢いに持っていかれ、左へとバランスを崩す。
前が見えないままハンドルを右手で操作し、不安定な走行で大通りを進む。

「先輩!大丈夫ですか!」

吐き気を押し殺した椎木は、体勢を崩した銅の真っ赤に染まる左腕を両手で支える。

「クッッソがァァァ!」

「先輩!ハンドルをっ!…右にィ!」

椎木のサポートで起き上がる銅は、車をすぐさま立て直すためハンドルを右に回すが行き過ぎた操作により緋野の乗る車へ急接近する。

「銅、危ねー!」

車体は緋野が座る助手席のドアに激突し、銅は急いで左へとハンドルをきる。新宮も銅班の車から離れるように右へとハンドルを回すがこれがトドメを指す行為となった。
左折と右折を同時に行った2つの車は後部が接触し、予期しない回転を見せる。銅班の車はがむしゃらなハンドルさばきによって電柱へ横殴りに激突し、車体の歪みでボンネットは浮き上がりフロントガラスは砕け散る。新宮班の車は地面に色濃くタイヤ痕を残しながら大通りを通行止めするかのように停車した。
ハンドルに額を乗せ戦終わりのような疲労の色を浮かべる銅。回転によるダメージで我慢がきかなかったのか、窓から顔を出し内容物を吐き出す弥月。
横転しなかったことに安堵する谷崎はシートベルトに下半身が固定されたまま上半身を倒し後部座席のシートを独り占めすし、顔にかかる乱れた長い茶髪の隙間から屋根の穴を眺めたがそこにはもう何者もいなかった。