警察署は、やはり無機質だった。

コンクリートで固められた、建物の冷たさ。

お父さんは、こんな所で…。

…こんな所にいてはいけない。
そんな本能が働いて、少し頭痛がした。


「あの男の本名は山北こうじ。

最近この近くで、ナイフで脅されて、そのままホテルへなんて事件が続いていたんです。

あなたもその被害者の1人です。
こうなった経緯から詳しくお話下さい」



相田、と名乗った若い刑事。

私のことを救ってくれたヒーローだ。


……なんて、素直に思えない。

寧ろ、憎い。



こんな警察署にまで来るんだったら、まだあの男とあそこで……。



悔しくて、涙が出た。

涙の塩分が、歪んだ頬の傷口にしみた。

痛くて、ハンカチで抑えようとするも、ハンカチを拾ったあの男の顔を思い出す。


その様子を見た相田さんは、消毒をしてから絆創膏を貼ってくれた。



「やっぱり目立ちますね」


「あ、ありがとうございます」


「落ち着いてからで大丈夫です」


笑顔を向けるな…。

私は警察が最低な、偽善者だと知っている。
ちょっと優しくされたくらいで、私の警察のイメージが壊れるわけがなかった。




こんな人に慰められてはいけない、その一心で私は涙を引っ込めた。





「まず、友達に合コンに誘われ、カラオケに行きました。
そのメンバーのひとりがユウタと名乗るあの男でした。

トイレに行くために席を立った時、あの男が私を追ってきて、気になってたと言われました。

まさか行き先がホテルだとは思わず、ついてきてしまったんです」


簡潔に全貌を述べた。

「もういいですか」


こんな所にこれ以上いたくない。

きっと彼は心の中で、軽々しい馬鹿な女だとでも嘲笑っていることだろう。

自分でも思う。
だが、警察官にそう思われるのがどうも癪に障るんだ。


「ご協力ありがとうございました。
こちらにご記入頂き次第、お声かけください」


『氏名 栗田千愛 クリタチナリ
住所 〇〇区…
電話番号 090…
職業…』

私は過去1番に乱雑な文字を書いた。

用事を全て済ませて警察署を出ると、疲れがどっと押し寄せた。


倒れそうになった時に、あの警官が支えた肩。
あの感触を思い出し、長さ出しをした爪で引っ掻いた。

ああ。
またネイルサロンに行かなきゃ。

たった今気づいた、ところどころ禿げてきている秋らしい色たち。



一息ついて、前方からのタクシーに向かって手を挙げた。
その時、もう片方の手では頬を引っ掻き、頬の絆創膏を剥がしていた。