「さー、どこか行きたいところある?」


まだお昼の3時。
ご飯の時間とも違うし、こんな時間から行くような場所も思いつかなかった。


「ユウタさんに任せますよ」

「やだな、そんな敬語やめて、呼び捨てで呼んでよ」



他愛のない会話。

なんだかんだいって私も彼氏が欲しかったのかな。



こんな気持ちは、きっと季節の影響もある。

赤や黄の葉たちが絨毯を作り始め、残された枝は寒そうだ。


人肌が恋しいのは、人間の本能なのかもしれない。



さて、今はどこに向かっているのだろう。



「お楽しみね」なんて、はにかむように言われてしまったら何も聞けない。

ただ、まだ開かぬ飲み屋さんばかりが並ぶ街並みに違和感を覚えた。



「ねぇ、大丈夫なところだよね?」

自分でもどこが大丈夫な所なのかは分からない。

けれど大丈夫じゃない所といえば……。

「……ホテル?」


足が止まったのは、異彩を放つカラフルなホテルの前。

あたりを見渡せば、そこはすっかりホテル街へと変貌していた。


カラッとした気持ちのいい昼間に不似合いなその雰囲気。


やっぱりユウタの合コンの目的は、ソレであったのだ。



「ごめんなさい、ついてきたのが間違いだった」


一旦踵を返すも、掴まれた右腕。

親指がくい込んで痛い。


抵抗したい。
今すぐ家に帰りたい。

そう思うのに、怖さのあまり、これ以上言葉を発することが出来なかった。

その原因は、彼の手にあるミニナイフ。


いったい、どこにそんなものを隠し持っていたんだ。



「さ、入ろう」

気持ちの悪い腕が肩にまわされる。
物凄い不快感に襲われ、無意識に振りほどこうとしてしまった。


「痛い!」


無言で、頬を切られた。


もう、逃げられない。
脅しにまんまと引っかかってしまった。


もう諦めかるしかない、と思ったその時。



「山北こうじさん」

後ろから男の声がした。


わけも分からず振り返る。

すると、何故かユウタが手錠をはめられていた。


呆然とするユウタは、手に持ったナイフをいとも簡単に取り上げられた。



気持ちの悪い腕に解放された肩はとても軽く、ほっと胸をなでおろした。



と同時にフラッシュバックする痛い、痛い思い出。

今すぐにこの場から逃げ出したかった。
けれど、それを警察がとめた。

「証言をお願いします」



そのセリフにゾクリとした。

私は震えが止まらなくなった。
ユウタに対しても、そしてなにより、手帳を見せる警察に対して、も。


負の感情が胸中を覆い尽くすようだった。
嫌な記憶が鮮明に呼び出される。


私は恐怖で足がすくみ、その場で倒れそうになった。

でも、倒れなかった。


警察官が、私の肩を抑えて支えたんだ。