「おめでとうございます!」

盛大な拍手と歓声を浴びながら、樹さんと彩乃さんが会場の入口から笑顔で入ってくる。

ここサクラージュホテルの飛天の間では、今まさに二人の婚約披露パーティーが始まろうとしていた。

“彼がそこまで婚約者を愛しているとは思えないけどね。彼にはもっと他に守りたいものがあるんじゃないかな”

昨夜、夕夏が帰り際に言っていた言葉だ。
あれから私も冷静になって考えてみた。

確かに、彼がこの結婚に応じたのは、他でもなく『サクラール』の為だ。
彼は強い信念を持って、『サクラール』の為に自分の人生を捧げる覚悟をしたはずで、たとえ彩乃さんがどんな人物であろうとも結婚をやめる選択肢なんてなかったのだろう。

だとすれば、彼が守りたかったのは彩乃さんでも私でもなく、『サクラール』なのだ。

妹の為に『玉の輿婚』をしようとしていた私にそれをとやかく言う資格などないし、彼の苦しい胸の内も痛いほど分かる。

こんな場所に私を呼ぶ無神経さには許し難いものを感じるけれど、彼を恨む気持ちは自然と消えていた。

所詮私の片想いだったのだから。

やっぱり帰ろうかな。
ここにいたって虚しいだけだ。

「よし、帰ろう」

ボソリと呟いて会場を出ると、後ろから中谷さんが追いかけてきて私の腕をガシッと掴んだ。

「途中退場は認めませんよ。副社長もあなたに最後まで見届けて欲しいと言っていますので、どうかお戻り下さい」

「え………いや、だって」

「ああ、ほら……始まってしまいますから早く」

中谷さんは有無を言わさずに、私を会場へと連れ戻した。

ちょうどステージの上では、樹さんがマイクを持って挨拶を始めようとしていた。

一瞬、樹さんと目が合った。
ほんの数秒だったけれど、彼は私を見て微笑んだように見えた。

そして、次の瞬間、樹さんの顔からスッと笑顔が消えて、目つきが鋭いものに変わった。

「婚約披露パーティーにお集まり頂きました皆様。本日は皆様にお詫びしなければならないことがあります」

突然、そんなことを言い出した樹さんに、招待客がざわめき出した。

「わたくし宮内樹は早乙女彩乃さんとの婚約を今この場で破棄させて頂きます。申し訳ありません」

樹さんは招待客に向かって頭を下げた。

これには、隣で見守っていた彩乃さんも目を丸くして固まってしまった。

「おい! これはいったいどういうつもりだ! 娘に恥をかかせる気か! ちゃんと説明したまえ!」 

怒鳴り声を上げながらステージへと上がってきたのは、彩乃さんのお父様である早乙女社長。

彼は酷く興奮しながら樹さんに詰め寄った。

「ええ。言われなくてもこれからきちんとご説明致しますよ。あなたが『あおば銀行』の副頭取と裏で手を組んでうちを罠に嵌めたことも全て、ここにいる皆様に聞いて頂くつもりですからね」

そんな樹さんの言葉に、早乙女社長の顔はみるみると青ざめていったのだった。