それから間もなくして、私の口座に3億円が振り込まれた。佳子や両親は樹さんに心から感謝していたけれど私だけは複雑な心境だった。

そして、年が開けると、佳子は両親と共にアメリカへと飛び立って行った。


「ちょっと、菜子。大丈夫なの?」

夕夏の声にふと我に返る。

「へっ、あ~佳子のこと? 佳子なら今、アメリカの病院で事前の検査を受けてて」

「そうじゃなくて、あんたのことよ。せっかくの誕生日だっていうのに、ため息ばかりで何にも食べてないじゃないの」

夕夏が盛大にため息をつく。
 
そう。
実は今日、1月9日は私の25歳の誕生日だった。
夕夏が仕事帰りにケーキを持ってお祝いに来てくれたというのに。

「……ごめん。ちょっと胃が受けつけなくって」

まだ心の傷が癒えていない私は、笑顔ひとつ返すことができなかった。

「すっごく好きだったんだね。あの御曹司のこと」

夕夏の言葉に、たまっていた感情が涙と共に溢れ出てきた。

「別に私だってね、叶わない恋だって分かってたよ。ちゃんと諦めるつもりだった。でもね、諦めようとする度に、あの人が気を持たせるようなことばかりしてくるから、心のどこかで期待しちゃってたの。だから彩乃さんのしたことを話したら、樹さんが結婚を止めるかもって……うぬぼれてた。まさか、私にあんなことをした彩乃さんを許すなんて思わなかったから。彼女を本気で愛してるなんて思わなかったから」

うっと嗚咽が込み上げてきて、それ以上言葉にならなかった。

「ねえ、あのさ……菜子。その件なんだけどさ」

夕夏がそう言いかけた時だった。
突然、玄関のチャイムが鳴った。

「こんな顔じゃ出られない……」

私がブルブル首を振ると、夕夏が頷きながら立ち上がった

「分かった。私が出てあげるから」

時刻は夜の8時。
どうせ面接に行った会社から履歴書でも送り返されてきたのだろう。

そんなネガティブなことを考えながら涙をふいていると、夕夏が小さな封筒を持って戻ってきた。

「菜子、これ。中谷さんっていう人から預かった」

なんと夕夏が差し出してきたのは、樹さんと彩乃さんの婚約披露パーティーの招待状だった。

「は? なにこれ!? こんなの行く訳ないじゃない!」

私は招待状をゴミ箱へと投げ捨てた。
そう、ずっと考えないようにしていたけれど、明日は二人の婚約発表の日だったのだ。

「それとね、副社長からの伝言だそうよ。ぜひ菜子に明日のパーティーを見届けて欲しい……だって」

私は耳を疑った。
彼は私の気持ちに全く気づいていなかったのだろうか? 無神経な樹さんにだんだん怒りが込み上げてくる。

「分かった。明日行ってくる。樹さんに会って私の気持ちをぶちまけてくる。ちゃんと失恋さえもできていなかったなんて……こんなの泣き損じゃない」

私は招待状を拾い上げて、夕夏にそう宣言したのだった。