「さあ……私には分かりません」

「惚けないでよ、菜子ちゃん。僕ね、1年前に早乙女彩乃のセフレっていう奴から聞いたんだよ。彼女が大学を卒業したら宮内製薬の副社長と政略結婚するっていう話をさ。それが本当なら近々早乙女コーポレーションが資金を提供して、宮内製薬の株価が一気に上がる。うちはそれを利用して一儲けしたいんだよね。だから、教えてくれないかな? その情報が果たして本当なのか。本当なら婚約発表の時期がいつなのかをさ」

「すみません。私はそういうことを何も知らないんです。秘書になったのもつい最近のことですから」

樹さんの許可もなく情報を漏らすことだけはできない。彼には惚けるしかなかった。

「ふーん。本当に知らないんだ?」

「はい。何も聞いてません」

「そっか。じゃあ、こうしよう。君がこっそり調べてきてよ。もし協力してくれるなら、早乙女彩乃が今日君にしたことを僕が証言してあげる。彼女が男に金を渡していた写真と、その男が君を襲っていた写真を僕は持っているからね。これさえあれば、早乙女彩乃と宮内副社長の婚約は破談にできるんじゃないかな? どう? 悪い話じゃないでしょ? まあ、うちが一儲けした後の話だけどね」

「分かりました。少し考えさせて下さい」

「うん。良い返事を待ってるよ」

白崎社長に笑顔が浮かぶ。
きっと私が樹さんを好きな気持ちを分かっているから自信があるのだろう。

答えはまだ出ていないけれど、樹さんをあんな恐ろしい人と結婚させたくはない。

政略結婚以外の道はないのだろうか?

とにかく樹さんに全てを話そう。

「すみません。家ではなく会社に向かって頂けますか? 忘れ物をしてしまったみたいなので」

「分かった。じゃあ、もし大事なものが見つかったらすぐに僕に連絡してね」

白崎社長は自分の名刺を出しながら、ニコリと微笑んだのだった。