「……ん? あれは」
病院のエスカレーターに乗り、ふと下のフロアに視線を向けた時だった。
花束を抱えて廊下を歩く綾乃菜子の姿を見つけた。
「彼女の妹って、この病院だったのか」
こっそり後を追うと、彼女は小児科病棟へと入って行った。
「お父さん!」
彼女の声に、ナースステーションの前にいた男性が振り向いた。
「おお、菜子」
俺は柱の影に身を潜め、二人の会話を盗み聞くことにした。
「ねえ、お父さん。先生は何だって?」
「ああ……ドナーの件はなかなか厳しいそうだ。佳子の心臓もあと2年が限界らしくてな、間に合うかどうかって言われたよ」
「そんな…。じゃあ、やっぱり、海外での移植しか方法がないってこと?」
「そうだな。でも、海外での移植となると3億はかかるって言ってただろ。うちには借金だってあるし、とても用意できるような額じゃ」
「でも、佳子のことは何が何でも助けなきゃ。お金なら私が何とかするから、海外移植の件は諦めないで」
「何とかって……いったいどうするつもりだ」
「私ね、お金持ちの人と結婚して、佳子の手術費用を借りようと思ってるの。佳子とお母さんには内緒だけど」
「菜子……おまえ、何を考えてるんだ」
「だって、他に方法なんてないでしょ! 借りたお金は私が一生かけて返していくから」
「しかしな。おまえが佳子の為に愛のない結婚をするなんて」
「大丈夫。私、ちゃんとその人のことを好きになって幸せになるから。……って、まだ、相手も見つかってないんだけどね」
「………菜子」
「とにかく、私は絶対に諦めないから!」
彼女は父親に向かって、強い目でそう言ったのだった。