だから、ここで俺がこの縁談を破談にする訳にはいかなかった。

「申し訳ありませんでした。仕事で急なトラブルがおきてしまいまして、その対応に追われておりました。彩乃さんには大変申し訳ないことを致しました」

俺は苦しい言い訳をしながら、東吾と共に早乙女社長に土下座をした。

連絡くらいできたはずだ!
そう言われてしまえばそれまでだ。

くだされる判決を待っていると、早乙女彩乃が父親に訴えた。

「お願い、パパ。樹さんのことを許してあげて。私は樹さんと結婚できればそれでいいの。だって、パーティーでお見かけした時から、ずっと樹さんのことを好きだったんだもの」

どうやら彼女とは面識があったらしい。
人間違いをしたなんて言わなくて正確だった。

黙って頭を下げ続けていると、早乙女社長がゆっくりと息を吐いた。

「まあ、よかろう。今日のことは彩乃に免じて許してやる。もう頭を上げなさい」

破談は免れた。
俺はホットしながら顔をあげる。

「ありがとうございます!」

「だかな、樹くん。君はもう少し自分の立場というものをわきまえたまえ。うちが救ってやってるということを忘れるなよ?」

早乙女社長は俺に鋭い視線を向けながら、厳しい口調でそう放つ。

「はい。肝に銘じておきます」

「結納は来月だ。同じ日に婚約披露パーティーを開いて、宮内製薬がうちの傘下に入ることを発表する。財前副頭取も婚約発表さえ済めば、君のとこの融資も実行すると言っていたよ」

「ありがとうございます」

「ねえ、お父様。式はいつなの?」

目をキラキラさせながら早乙女彩乃が問いかけた。

「そうだな。半年後の5月でどうだ? 彩乃も春に大学を卒業するからちょうどいいだろ?」

「そうね! 樹さんもそれでいいわよね?」

「はい。けっこうです。宜しくお願い致します」

俺は東吾と共に深く頭を下げた。

これでもう引き返せない。
こうして彼女の気持ちまで利用するのだから。

俺は複雑な思いを胸に、早乙女邸を跡にしたのだった。