帰り道。ものの数十分いただけなのに、あの店に入る前と後では、ごく普通に歩く人を目すら変わっている。
この人、そうかも。この人、もしかしたら。
だからといって、自分にできることといったら、今はなにもない。
五十嵐さんはわたしが店を出る間際に、こう言っていた。
『自分の能力に気づくと、途端に人間はなにかをしなければ、という使命にかられます。
けれど霊だって、わたし達からしたら、なんの変哲もない、ただの人間と同じように見えることを忘れないでください。
自分から申し出て来ない限り、わたくし共はその人が生きているのか、それとも既に亡くなっているのか。それすら知り得ないんです』
今までは見向きもしてこなかった現実に、胸が痛む。お節介で、でしゃばり過ぎている自覚はある。
見向きもされない〝彼ら〟のために、私たちができることって、なんだろう。
そこでもまた、五十嵐さんの声が自分に響く。
『無力な人間であるわたしたちができることは、見えないものに目を向けようとすることではなく、今そこにあるものに目を向けることです。
わたしたちに助けを求めてくれたその人に、わたしたちは手を貸し、未練を解消するために奔走するのです』
そう。今、考えるべきことは、勇気を振り絞って、喫茶今宵の扉を叩いてくれたせつ子さんのことだ。
そのせつ子さんの勇気が、希望ある未来への第一歩になるとしたら、今、目を背けたとしても、無駄にはならないのではないか。
暗闇の中で一人、わたしは決意をし、覚悟を決め、答えを出した。
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