目の疲れが取れたかな。
また電源ボタンを押し、アプリを開いた。


主人公がついに過去を語る。
交通事故で家族と記憶を失い、親戚の家に引き取られた。感情を表に出せなくなった主人公に、どう接すればいいのかわからないクラスメイトは避けるようになる。親戚の家族は優しくしてくれるけど、まだ心が落ち着かなくて、素直に感謝することができない。


涙を溢れさせ、初めて心の内を吐き出した主人公に対し、藤谷君は言葉をかける。
大丈夫、俺の前では笑えてるよ。みんなには普通に話せばいいと言っておくから。


優しいラストが心に沁みた。
私の世界もこんな風に優しければ、なんて思ってしまった。


余韻に浸っていると、視界の隅に、公園まであと一キロという看板が入ってきた。


じゃあ短編をいくつか読もうかな。残っている時間もわからないし、ちょうどいいところで降りなければいけなくなるかもしれない。貯めていた短編も読み終えたいし。


未読の本棚をスクロールして、下の方にあった短編を選ぶ。
短編を六つほど読んだところで、マイクのノイズが響く。


「もうすぐ降りるので用意しろー。横のやつが寝てたら起こしてやれー」


それだけ言ってマイクを元に戻した。
バスは速度を落とし、前のバスに続いて駐車場に入った。
バスは図体がでかいけど、白線の内側へ的確に身を収めた。


赤いボタンを押してシートベルトを外す。
後ろには雑談したりもたもたと荷物を片付ける男子たちがいる。
待たなくてもいいと判断して、前の人との隙間ができた途端、狭い通路に体を出した。


灰色の雲はこの公園にまで広がっていた。
不穏な風が吹き、雨が降る予感がした。


ぽつぽつと雨粒が落ちてこないかな、と期待して、手のひらに雨粒をのせる準備をした。しかし、雨は降らない。


心の中で、なーんだ、と言い捨て、クラスメイトのかたまりについていった。