手に負えない。
かと言って自分から帰りを切り出すのは負けた気になる。


「君は心の底から嫌われたことがあるのか?」


小娘に何がわかるというような、見下しが混じった声だった。
それにちょっと苛立ち、膝を立てて勢いよく机に手をついた。


「あるよ!顔がブスとかいうどうしようもない理由で、生きてて何が楽しいんだろうなとか言われたことあるし、中学の時は浅野さんって目が死んでて嫌いとか、ネットでは全く知らない人から生産性がないとか頭お花畑なの?心臓発作で死んで欲しいとか言われたし!いい方向に捉える余地なんて一切与えられてない!」


沸点に達した私は呂律が回らなくなる勢いで言い続けた。
思い返すと、最高に意味がわからない、最低の言葉をかけられていた。
顔のことはどうにもならないし、ネットでもあっちからフォロワーさんを侮辱してきたんだ。それなのにここまで言われる意味がわからない。


「こんなのまだましな方で、友達なんか、それ以上が毎日続いたんですよ。それも変えようがない理由で、ぶつかるだけで嫌がられて……。優しくて、夢のためならとてつもない困難にだって立ち向かう人が……。もう意味がわからない。なんでそんな人まで酷い目に!」


そんなつもりなんてなかったのに、不意に涙が溢れた。訳の分からない状況に怒っているはずなのに、なんで泣いているの?自分でもわからない。


流れてきた涙を袖で強く拭った。布と肌が擦れて痛い。


「これを使ったほうがいい」


私の心を読んだのか、慌てた様子で安芸津さんがティッシュを持ってくる。
目を押さえて水浸しになったティッシュを量産し、ゴミ箱は一気に嵩を増す。


開きっぱなしのスマホカバーについている鏡には、強く拭ってないのに真っ赤な顔を映す。


「落ち着いたか」


出る涙も少なくなって落ち着いてから、出禁を確信した。
勝手に泣き喚いて何がしたかったんだろう。フォローしようとしたつもりが逆に助けてもらってる。


「あの、本当にすみません。決して、みんな辛いんだからみたいなことを言いたかった訳ではないんです。ただ……自分の嫌な思い出を爆発させただけです。こんな爆発に巻き込んでしまい……すみません」


「いや、いいんだ。こちらも大人げなかった」


内心は違っていても、そう言える安芸津さんはやっぱり大人だなって思う。
それに対して私は幼児退化もいいところの泣き喚きっぷり。こんなので数年後就職していいの?


「しかし、大きな穴があきそうな勢いなのは心配だ。ここまで爆発する前に、ご両親でも友達でも、誰でもいいから話したほうがいい。もちろん、俺にでもいい」


膝を進め、私に近づいたと思ったら、私の頭に優しく手をのせた。
普段なら子供扱いされている、と顔には出さずイライラするのに、なぜか嬉しくて、安心する。


「本当にいいんですか?」


「いいぞ。暇人だからいつでも聞けるし、退屈しなくていい」


笑ってみせてくれるともっと安心した。
先生にも親にも言っていないことだって、安芸津さんになら言えた。
こんなこと親とかに知られたらどうなるか、なんて頭の隅に追いやって、優しさに甘えることにした。