「それで先生にも言ったけど、動いて何かあったのは最初らへんだけ。画鋲で穴開けたのは目撃者がいて、やった男子は泣きながらみんなの前で謝った。ごめんなさい、もうしませんって」


最初らへんだけというのが引っかかったけど、ざまあみろと思った。可哀想とは思わない。最初からそんなことしなければいいだけの話だ。


「それでもうしなかったよ。画鋲で穴を開けるのは」


二つ目を強調して、その男子の卑怯さを顕にした。


「その後も普通に悪口は言うし、ぶつかったら手でそこを叩いた。卑怯すぎて言葉失ったわ。これで先生に言っても意味はないってわかった。決定的なのは給食の配膳が遅かった時のこと。遅いねん、みんなに迷惑かけんなって言ってトレーを引ったくられた。先生が来て、助かったと期待したんやけど……」


続く話から、いじめてくるやつにバチが当たる展開は望めない。
聞いてるだけで怒りが込み上がってくるのに、実際に体験したら心が壊れてしまうだろう。


「代わりに配ってくれたの?ありがとうって言わはった。それで、あの子は抜けてるところがあるから、変なことしてたら注意してあげてや耳打ちした」


開いた口が塞がらない。
そんな……先生がいじめを利用するようなことがあるなんて……!


怒りを通り越して絶望する。
腐っている。何が何でもいじめをやめさせなければいけない存在が、そんな風に見逃すんだ。


「先生に言っても、知りませんって言われれば終わり。俺はやってないけど謝るわって感じの顔で謝る男子もいれば、本当に反省しているような態度を見せるけど、先生が見てないところでやる男子もいた。女子はあからさまにいじめてはこないけど、良く思っていないのはわかる」


地獄と呼ぶのに相応しい。
それでも話す大和さんの顔に陰りはなかった。


「卒業するまでずっと続いたわ。あいつが卒業式に出るなら俺出たくないとまで言われたし。卒業式の前、色紙を渡されてクラスメイトにサインを書いてもらうっていうのをやった。それでいじめてきた男子が、クラスメイトのをコンプリートしたいからってサインを求めてきた。怖かったから書いたけど、お前のにも書こうか?と言われたら断ってやった」


どんな神経してれば酷くいじめた相手にサインを求められるの?
大和さんは少し得意げにしていたけど、悲しみが覗く、乾いた笑い声を出していた。


「中学では大丈夫かなって思ったけど、無理やったわ。私はのろまやし、同じ小学校の人からも話がいくのか、しばらくしたら同じようにいじめられた」


中学生になっても救いがなかった。


「中学生になってから、障害者って言葉が出てくるようになったねん。障害者だから仕方ない、たいよう組だから仕方ないって。キツかったわ。障害者っていうのは変えようがないやん。迷惑かけないように頑張るけど迷惑をかけてしまう自分が嫌いになった」


聞くだけで心が痛んでくる。そんなこと、聞こえるような声でよく言えるね。本当に神経を疑う。
支援学級の名前を侮辱に使うことで怒りは最高に達した。
それでも迷惑をかけないように頑張って、自分を嫌いになってしまうところには、心を押し潰されそうになる。


「なんでそこまで酷いことができるんだろうね。ほんの一瞬でも、酷いことしてるなって思わなかったのかな?」


「それも、障害者だから仕方ないってことになるんじゃない。障害で迷惑をかけたんだから言われても仕方がないって」


そんなの理由になるわけない。
のに、自嘲気味に笑う大和さんを見て辛くなった。


「だからもう、解決する方法も見つからなくなって、逃げちゃった。登校拒否。お母さんはそれでいいって言ってくれたけど、本当は行って欲しそうだった。おばあちゃんは乙女が可愛いからいけずするんや。そんなやつに負けたらあかんって言ってた。可愛くないからこうなってるんやけどな」


大和さんはけらけらと笑いを付け足す。
こんなの、行けなくなって当たり前だ。逃げじゃない。身を守る正当な方法だ。