「まあまだ暖かくなっていませんし、気温が上がれば出ますよ」


振り向くこともしない安芸津さんに、取り繕うように笑って言った。


「そうだといいな」


返事には、あまり期待が込められていない感じがした。何回試したんだろう。そして、何回出なかったんだろう。


いたたまれなくなって、暖かくなったら来ますねと言った。
暖かくなる前にも来そうだと内心思っていた。


「ああ」


そう短く返したのを確認すると、私は道を下っていった。
そういえば今日は安芸津さんの顔を見ていないかもしれない。


ここまで歩いたからか息が切れてきた。
葉科町から遠ざかっていくのを感じ、山に迫ってくる日のように、寂しさがじわじわとこみ上げてくる。


帰る頃には太陽がもっと落ちているんだろう。
子供の頃、山の後ろを赤く照らす太陽を見て、山の方の人は今も明るくていいなと思っていた。


太陽が落ちるまでいたらどんな景色が広がっているんだろう。時計が五時や六時をさしてもカンカンと照らされるのかな。


春休みのいつか、芽が出たら、夕方はどうなるのか観察するなんて口実で居座りたい。
家の外だし、静かにするし、一度見せてほしい。


そんな私を呆れ気味に笑って眺める安芸津さんを想像した。
大和さんを誘ったら来てくれるかな。もしかしたら大和さんはフリースクールでとっくに見ているのかもしれない。


太陽が落ちてきた山を見るという目標ができて、心臓の鼓動が速まった。ガードレールの下には細々とした家と青空が広がり、視界とはこんなに広いものだったのかと、やけに世界が広く見えた。