下っていけば、あの日見ることができなかった景色が飛び込んでくる。
間を置かず次の足を踏み出す影は、曇りのあの日よりも濃かった。


暖房の効いた教室で喉が渇いたから、山を切り出して置いたみたいなコンビニに入る。
作業着を着た人が暖かいコーヒーを持ってレジに向かう。
温かい飲み物が良くて、はちみつゆずにしようと手を伸ばした。けどこれも喉が渇きそうだ。歩くんだからお茶にしておこう。


もう少し暖かいコンビニにいる口実を作りたくて、スイーツが並ぶところを見る。黒いカップに入った抹茶ティラミスやきな粉わらび餅を見て、口の奥で食欲が渦巻いていた。
我慢できずに気付けば抹茶ティラミスを手に取っていた。すると、また別の種類のにも惹かれ……。


黒豆ロールケーキ。
灰色のスポンジに混ざる黒豆。中心の白いクリームにも黒豆が混ぜ込まれていた。
お小遣いには余裕がある。買っちゃおう。
食欲と勢いに任せてレジに持っていった。お茶を片手に自動ドアを抜け、一口飲む。


晴れていてもあの日に負けないくらい強く寒い風が吹く。
道に沿って曲がるガードレールと、乾いた地面。背の高い草が立ち枯れる砂利の上に、ぽつぽつと現れた民家。


私は何をしているんだろう。我に返り、引き返した方がいいんじゃ、と思ったころ、家の前で立っている安芸津さんを見つけた。


「安芸津さん……」


薄い着物を着た安芸津さんは、何も植わっていない鉢を眺めていた。


「君は……」


私を見た安芸津さんは、長い睫毛の下の黒目を丸くして、固まった。


「あ……実はこの上にある学校の帰りで……大丈夫です!今日は倒れたりしてません!」


取り繕うように笑って手を振った。下ろしていた手で掴んでいた、ペットボトルの中のお茶も波打つ。


「学校……?そんなのあったか……?でも、元気そうで何よりだ」


訝しげに上の方を見た後微笑んだ。
適当な嘘をついたと思われたらどうしよう。本当に、本当にあるのに!


「そういえば、安芸津さんは上着着なくて大丈夫なんですか?」


「ああ。少し外に出るだけ……と思っていたからそのままにしていた。ぼーっとしていたら流石に寒くなってきたな」


ここで安芸津さんが中に戻りそうな空気になる。風邪引かないことを後ろ姿に向かって祈る。


そのまま横を通り過ぎようとしたとき……。


ぽたっ。
私の指に冷たいものが触れた。同じようなものが頰や頭にもかかってくる。落ちてくる間隔は狭まってくる。


「雪……」


雲がかかった空から白い粒が落ちてくる。
うわあ。寒いと思ったらまさかの……。
吹雪いたりしたら……と考えるとそれだけで手先が痛くなってくる。


「いつ止むかわからないが……雨宿り、ではなく雪宿り、していくか?」


手のひらを天に向けると、安芸津さんが苦笑した。


「はい……」


またお世話になってしまうのか……と、所々雪が溶けていくのを感じながら思った。