でも、見知らぬ高校生の相手をするのも面倒だろうな、と思い、黙って座っていた。


「まだ時間はあるし横になっていい」


そう言われても、変に気持ちが浮き上がっちゃったから、横になっていられない。


あの人は静かに立ち上がると、戸の向こうに消えていった。
緊張が解けたと同時に少し寂しくなる。


でも一人になったおかげで、怪しまれずに歩き回れる。
棚の上に乗っている赤べこを見つめる。赤べこの方もまん丸の目で見つめ返している。
トン、と爪が伸びた指でつつくと、ゆらゆら首を揺らした。


かわいいな。私の家には合わないけど。
赤べこの横には、ガラスケースの中に入った人形がいた。刀を持ち、力強い目の侍だ。横の木札には雄竹と書かれていた。


棚の取っ手は黒い金属で、家にあるアンティークの棚とそっくりだと思った。
流石に中は見れないけどね。


そういえばここって他にも人は住んでいるのかな?他の人に会ったらちゃんと挨拶しないとね。
さて、ここにあるものは全て見た。その後何すればいいのかわからないから、足の指を動かしながら体育座りしていた。


するとまた床が軋む音がした。あの人じゃなければなんて言えばいいんだろう……。道で倒れたところを助けてもらったことを先に言うのかな?


古い木の戸が開き、現れたのは、床にお盆を置いて座っているあの人だった。
私はほっと息をついた。


「今日は寒いからな。体調が優れないときは特に暖かくしなければな」


「ありがとうございます……」


湯気が手にかかってくる。飲みたいけれど、ザラザラした湯のみを口に近付けずにいた。


「どうした?お茶は苦手だったか?」


「いえ、好きなんですが……熱いものが苦手で……」


せっかく入れてもらったのにこんなことをを言うのは申し訳ないな……と思い、言葉が萎んでいった。
みんなと同じタイミングで飲むと、なぜか舌と唇がヒリヒリするんだ。


「そうか、ぬるいのにするか?」


「いえ大丈夫です。待てば飲めますから……」


そう言ってから、しばらく湯のみを手の上に乗せていた。
湯気が良い香りを運んでくる。なんで私は猫舌なんだろう……。


「冷たいお茶の方をよく飲むのか?」


「あっはい、そうですね。最近は沸かす時間がもったいないし、楽だからペットボトルの方が多いですね……」


小学生の頃は水筒に、沸かした麦茶を入れてくれていた。今は学校の自動販売機とかでペットボトルのお茶を買っている。
ペットボトルのお茶の方が美味しいし早いから、仕方ないよね。


「確かに楽だな。俺のような暇人は時間がかかる方を選んでしまいがちだがな……」


そう言って目を細めた。
一人称、俺なんだ。そんなことが気になった。


「学生は退屈しなさそうでいいな。もうあんな風に、常に何かを思い、がむしゃらに動くようなことはないだろうな……」


懐かしむようにざらざらした湯のみを撫でる。


「退屈はしませんが、疲れますよ」


私は自嘲するかのように、余計な一言を差し込んだ。


「確かに疲れるが、俺の場合次の日になったら戻っていたな。君は?」


次の日になったら戻る、か。
きっとこの人は綺麗な青春を駆け抜けたんだろう。


「戻るとも言えるし、戻らないとも言えます。家に帰ると疲れと一緒に、大事なことまで戻されていくような感じです」


ベッドに沈み込めば、白紙に戻る。
辛い出来事も、面白かったことも、明日の用事も……。


寝ている間は何も感じず、楽でいられる。
そのツケを明日の朝に払うんだ。
消しきれなかった分の辛い出来事と、明日の用事が戻ってくる。


全ての辛い出来事を昨日に置いていくということはできない。


「戻れないんだな」


そう、戻れない。
明日を楽しみに思う気持ちもいつのまにか置いてきてしまった。記憶を遡っても取り戻せない。