「遅ればせながら、書記に立候補しました。浅野 思意です」


カラフルなお面をつけて挨拶した女子生徒。
今朝顔も見たくないと言われ、本当にお面をつけてきた。


その言葉を真に受ける女子生徒に鳥肌を立てたのは、生徒会長は秒読みの葦原 瑞穂(あしはら みずほ)だった。


生徒会に立候補する生徒は少なく、容易に自分たちのチームを生徒会の役員にすることができた。
書類をまとめたりする書記をやりたがる仲間がいないので、一人くらいは外から迎え入れてもいいか、と思ってみれば、忌々しい人間が入り込んできた。


信任投票で不信任が集まれば否決されるが、大勢の笑いを取った女子生徒にその気配はなかった。



その三ヶ月後。
生徒会は先生に事前の届け出がない活動を行うようになった。
10年以上前から先生はずっと、生徒会の独断を恐れていた。羽倉という生徒が会長をしていた頃から先生の許可を得ることを徹底させ、極端な力を持たないように気をつけていた。


しかし今年の生徒会は、先生の注意など諸共せず、我が道を突っ走っていた。


「それでは、嫌なことを言われたら仕返ししても怒らない週間を設ける人に賛成の人」


自分の仲間を立候補させ、ほとんど同じ考えの人を集めたため、賛成しか出ない。はずだった。


「はんたーい」


「そう。浅野、どこが気に入らないのか言ってみろ」


葦原はとうとう浅野の前で皮を被るのをやめた。
葦原が計画を立て、大多数が賛成し、浅野だけが反対、葦原がキレるという様式ができあがっていた。


「仕返しの範囲を決めないと。椅子から落として体が動かなくなるとかは仕返しなんて可愛い言葉で済まないでしょ?」


「そんなの高校生だから加減できるに決まってるじゃない。次、月子は手挙げてないけど」


「賛成でも反対でもありません。予め使う道具をこちらから用意すれば、想定外のことも起こりづらくなると思います」


「ふーん。でも道具はこっちで用意するのはいいわね。調達する人」


「はーい。仕返しの範囲決めろって言ったのは私ですし、自分で見に行ってきます」


「では言い出しっぺの私が。浅野さんは私が見ておきます」


不安が残るメンバーだが、今回の月子は見ておくと言っているんだから大丈夫だろう。信じて送り出す。


そして週間の初日。


「浅野〜!これはどういうこと!?」


怒りを込めて強く指差したのは仕返し用の道具だ。
机に並ぶのはピコピコハンマー、おならが出る座布団。ジョークグッズばかりだ。


ここではあまり強く怒れない。生徒会室に戻ったら覚えてろよ、と睨みつける。


「浅野〜」


「やめろよにすぎ」


どれだけ陰口をなくすルールを制定しても無くなることはない。怒りを覚え、こんな役に立たないものが並んでなければ……と机の上を睨んで震える。


すると、やめろよにすぎをおなら座布団で再現する。


「は?お前何やってんの?」


「便乗しただけだよ」


「知らんやつが調子に乗んなよ」


「えー乗っちゃダメなのー?無断に人の真似しといてー?」


浅野がニコニコと笑いながらからかうと、舌打ちして去っていく。
葦原は浅野を嫌っていたが、浅野は葦原への陰口にも憤りを覚え、なくしたいと思っていた。


春休み前の愕然としていた浅野がまるで嘘のようだ。


時々陰口はなくならないんじゃないかと思うことがある。
けど浅野のように等しく人を引かせる潔い精神を持てば……それは嫌だ。


嫌だと思いつつも、葦原は人を引かせる浅野の言動が楽しみになっていった。


陰口をなくすには至っていないが、陰口に陰湿な応酬で返すことも少なくなった。
陰湿なやり方で返すのはよくない。しかし、笑える形で嫌だと意思表示するのはいいことだし、恥ずかしくないという意識を浅野は作りたかった。


全ての人が上手くいくとは限らない。世の中にはこんな形で返せないほどひどい仕打ちを受ける人もいる。そのとき、生徒会は試行錯誤しながら、共に戦うつもりだ。


一つの方法で全ての人は救えない。
だから知識を増やし、使える方法も増やしていくのだ。