不意打ちを食らった安芸津さんは、目を見開いて固まる。
私は追い打ちをかけるように、間髪いれず自分の思いを吐き出す。


「一緒にいると安心して、もっと近くにいたいと思うんです……」


胸が締め付けられるようになって、言葉に詰まった。頬に熱がこれまでにないほど集まる。


安芸津さんは困惑していた。そらそうだ。突如上がり込んできた高校生にこんなこと言われたら身の危険すら感じる。


「君の気持ちには応えられない。例えば……」


安芸津さんがちゃぶ台に手をつき、身を乗り出したかと思うと、私に顔を寄せてくる。



「きっと君は、ずっと近くで話したりすること以上を想像できていない」



普通に話しているだけでも幸せな気分になれるんだから、もっと近付けばそれが増幅すると思い込んでいた。


安芸津さんから生み出された影がかかってきたとき、私は恐怖を感じてしまった。私を見てくれて嬉しいと思う気持ちに、こんなに近付いて大丈夫なのかという不安が入り混じる。
素直に喜べない自分に、残念だという気持ちを抱いた。


「わかってくれたか?」


これで自分の気持ちに決着がついた。残念だけど、つまりはその程度だということだ。


「坂を下ればあんらさんがいます」


やれやれと腰を下ろした安芸津さんがまた驚愕する。


「今七分ほど経ちました。あと十三分ほどです」


取り出したスマホの時刻を見て、冷静に残り時間を告げた。


「どういうことだ!?」


安芸津さんは着物のシワを直しながら立ち上がる。
なんだかんだ言って、その足は玄関に向かっていった。


「いってらっしゃい」


「残念な話だったときは話を聞いてくれるか……?」


「聞く必要ありません!いってらっしゃい」


弱音を吐く安芸津さんの背中を押して外に出す。安芸津さんはくたびれた靴を履いてそのまま走っていった。


ふう……と額のかいてもない汗を拭い、答え合わせをしに行く。
スマホで二つの花の名前を検索すると、やっぱりと頷いた。


さてと、帰ろうかな。
壁にもたれながら一人笑うと、座布団の位置を直し、リュックサックを背負った。


少し歩くと、あの日私が寝ていた部屋を見つける。
さようなら。


自分の存在を消すようにひっそりと帰るつもりだった。
しかし、玄関のガラスに人影が映る。


まさか忘れ物したとかいうオチ?
そりゃないよ……。


ここからスッと去る流れがぶち壊された。