四月になり、暖かさが実感できるようになった。芽は太陽を受け取ろうと、力一杯双葉を広げていた。


ある日の私は安芸津さんの家でお茶を飲んでいて、串で羊羹を切っていた。
口に運び、舌で滑らかな切り口を楽しんでいると、呼び鈴が鳴った。


郵便かなと思ったけど、そうではないと私の予感が告げている。
安芸津さんがちゃぶ台に手をつき腰を上げると、苦しそうな声を上げた。


「安芸津さん!?」


「腰が……!」


「ええー!その年でそうなりますかー!?」


「君は若いから知らないだろう。しかしこの年になるともうきついんだ」


安芸津さんは脂汗をかきながら腰に手を当てる。
そうこうしている間に呼び鈴がもう一度鳴らされた。


「もう、ちょっと行ってきますね!」


仕方がないので私が代わりに立ち上がる。諦められないうちに行かなければと走り、戸を開けた。


「はいー」


間の抜けた返事をすると、そこには知らない女の人が立っていた。
染めた感じはしない自然な茶髪で、緩やかなカーブを描いていた。
ぱっちりと開いた目に上向きのまつ毛。スッと通った鼻の下には、健康的なツヤのある桃色の唇。
目の前にいるのはまごう事なき美人だ。


「すみません、安芸津 智成さんはいらっしゃいますか?」


鈴が鳴るような声に、不覚にもドキッとしてしまう。


「えっと……いるのはいるのですが、今出られるような状態じゃなくて……」


こんな美人の前で腰がやられたなんて言えず、引きつりながら言葉を濁す。


「どうした?郵便ではないみたいだが……」


回復した安芸津さんが歩いてきた。
ぼんやりとした顔が迫ってきて、視線をお客さんに向けると目を見開いた。


「どうしてここにいるんだ……!」


「え?」


「もう合わせる顔がないんだ。俺のことは忘れて帰ってくれ」


間の抜けた声を発した後の私とお客さんに背を向けて行ってしまった。
我に返ってだらしなく開いた口を閉じ、お客さんの方を見る。


私と違い、困惑の表情ではなく寂しそうな笑みを浮かべて立っている。


「いやお客さん置いて帰ってくれとか……。すみません、大事な用件でしたら引っ張り出してきますが……?」


「いえいえ、結構です。薄々わかってましたから……。あの、もしかして……娘さんですか?」


とんでもない質問が脳内を駆け回り、混沌とする。


「全くもって違います!」


「あらーすみません。勘違いでしたか」


口元を隠して笑うお客さんとは正反対に、私は笑えない冗談に硬直していた。
違う、どこをどう見たらそうなるの!?安芸津さんの子供ならこんな顔に生まれてこなかった!
私一人のときならしばらくこんなことを思っていたけど、目の前にお客さんがいる。まずなんとかしなければ。


「あ、すみません。差し支えなければ私が用件を伝えましょうか?」


脳内を駆け巡る感想を抑え、気を取り直して対応する。


「うーん、いえ、また後日来ます」


最後に一つ、目を細めた笑みを残してスカートを翻した。


「あの、お名前をお聞きしてもいいですか?」


「日向 あんら(ひゅうが あんら)、です」


鈴のなるような声が耳に絡みつく。自分の顔についての呑気な感想に取って代わり、胸騒ぎが広がった。