「…愛花はどうする?」


彼はそう言うと私の方に向き直った。
カウンターの上に左肘を乗せ、窺うような眼差しを向けてくる。


「俺が本社へ行ったら、今みたいには会えなくなるんだけど」


彼の口から出た言葉に思わず息を吸い込む。
会えなくなるだけじゃなくて、ひょっとすると永遠の別れになるかもしれない。


「会えなくなったらどうしようか。愛花にはあの副住職がいるし……大丈夫かな」


菩提寺の副住職を務める真鍋さんのことを持ち出して、彼が深く溜息を吐く。


「俺がいなくなると、彼奴にしてみたらラッキーだよな。また愛花には言い寄れるし、二人で写経とかも出来るしな」


以前にしたことがある写経の話を持ち出してくる。
私はそんな彼に目を向けたまま、呆然とただ黙ってた。


「愛花は信心深いし、この場所から離れることなんて出来ないだろうしな…」


弱ったなぁ…と頭を悩ませる彼を凝視したまま、この場所を離れる?と考えた。


私はこれまで、此処を離れることなんて出来なかった。
亡くなった父や祖母との思い出に溢れたこの場所で、いつか死を迎えるんだ…と思い続けてきたから。