「ギュッとして。苦しいくらい、ギュッとして」
「私の名前呼んで。私が私で居られるように」
そう嘆願し抱き着いてきたのは、美しい銀髪の持ち主だった。
Whatever解散後、恩ある先輩の星野が起業したレコード会社で楽曲提供を始めた頃。
路上ライブをしているところを星野が惚れこんで、直々にスカウトしてきたと言う1人の女性と出会った。
天野星菜だ。
星菜はいつもジーパンに1枚で着れる上着を着用していて、化粧っ気もなく素朴な女性だった。
豪快に笑い、周りに気配りをし、快活な性格で、スタッフからも慕われていた。
俺達は年が近い事もあり、よく音楽について語り合ったり酒を飲みかわす仲になった。
そして、恋人となるのに、そんなに時間はかからなかった。
星菜はデビューに向け、ボイトレ、作詞の勉強をしていた。
星菜のプロデューサーは星菜の声の透明感を生かして妖精をコンセプトに曲を作った。
見た目も妖精に近寄らせ。
銀の髪にお伽噺のお姫様でも連想させるようなミニドレス。
儚げで、透明感溢れる歌声。
目鼻立ちを強調させるメイクに、カラコン。
ステージ名は、名前の星から『ステラ』とし、見た目のインパクトと歌唱力で、あっという間に中高生を中心に人気を博した。
スターダムを駆け上ったステラは、テレビ、ラジオ、CM、雑誌、街の看板を彩りあちこちからステラの歌が溢れた。
メイクや髪色をマネする若者も街中に溢れ、ステラは間違いなく無双し一時代を築いていった。
俺も細々と様々なアーティストに楽曲を提供していた頃。
星菜は時々おかしな事を口走るようになった。
「ねえ湊。ぎゅっとして」
「私の名前を呼んで。……星菜って呼んで」
「ステラじゃない。私は星菜なの。星菜なのよ……」
「湊、私を見て。星菜を見て」
星菜は自分の本名に固執するようになった。
孤高の孤独、と言うのだろうか。
皆が『ステラ』に心酔している中、天野星菜と言う人間が置いてけぼりになっていった。
『私はそんなすごい人間じゃないの』
星菜はよく言っていた。
「ねえ、私達そろそろ結婚しない?」
ふいにそんな事を口にした。
ステラは人気が安定期に入っていた頃で、俺も少しずつ仕事が軌道に乗り始めた時だった。