結局、心咲は一日中男子たちの注目の的だった。


もう放課後なのに、まだ話しかけられている。


私は少しだけ羨ましいと思ってしまっていた。


「おまたせ、帰ろっか」


心咲は男子たちを振りきったようだ。


後ろの方で、未練がましく睨みつけてくる視線が突き刺さる。


「......うん」


私はそう言うと、歩き始める。


心咲が悪くない事は分かってはいるけれど、嫉妬していないといえば嘘になる。


「それで、卓也くんには告白するの?」


帰り道、心咲は突然そう聞いてきた。


私は慌てて周りを見る。うちの生徒がいたら大変だ。


幸い、制服姿の学生は見当たらなかった。


「告白なんてしないよ........」


口許を押さえながらニヤニヤしている心咲を睨みつける。


結構からかわれるんだよね。私。


「......心咲はどうなの? 好きな人とかいないの?」


私は仕返とばかりに聞いてみた。


「私? 私は好きな人いるよ?」


心咲は当たり前のような顔をして、衝撃の真実を告げてきた。


私は今まで、そんな人がいる事なんて全然知らなかった。


ポカンと口を開け、心咲を凝視する。


「......希美、すごいバカっぽいよ」


私は慌てて開けていた口を閉じる。


しかし、相手は誰なんだろう。


気になる。


「誰? 誰なの?」


興味津々で聞いてみたけど、心咲は笑うだけで教えてはくれない。


こうなった心咲は絶対口を割らないのだ。


私は、もしかしてと思い恐る恐る聞いてみた。


「......卓也の事好きなの?」


私がそう言った瞬間、心咲が吹き出した。


「あははは! 違う違う! 卓也くんじゃないよ」


そう聞いた私はほっと胸を撫で下ろした。


良かった......心咲相手じゃ絶対勝てない......。


「そんなに好きなのに、何で告白しないの?」


急に心咲は真剣な表情で聞いてくる。


「......だって、卓也って私の事女の子として見てないもん」


自分で言ってて、悲しくなってくる。


思わずうつ向いてしまった。


「でも、好きって言ったら変わるかもよ?」


心咲は優しく、諭すように覗き込んできた。


「......そうかなぁ...検討してみる」


私はそう言うと、ほんの少しだけ溜まっていた涙を袖で払った。


次の日の放課後、帰ろうとしていた私を卓也が呼び止めてきた。


「希美! 今日一緒に帰らね?」


周りにいた何人かの男子がヒューヒューと冷やかしてきた。


卓也は、
「そんなんじゃねえよ!」
と追い払う。


遠くから、心咲がニヤニヤとこちらを見ていた。


私は一緒に帰る事を考えると、自然と顔が赤くなっていくのを感じる。


「もう行くぞ!」


卓也は突然私の手を掴み、引っ張るように下駄箱へ連れていかれた。


「しかし、希美と帰るのも久しぶりだな」


卓也は嬉しそうに笑ってくる。


もしかして、私にもチャンスがあるんじゃないか。


そう思えるほどの眩しい笑顔だった。


「うん。そうだね」


私は慌てて卓也から目をそらした。


今顔を見られたら、死んでしまう。


「うん? どうしたんだ?」


そんな私の思いなど知らない卓也は、肩に手を置き覗き込もうとしてくる。


「何でもないから!」


私は顔を見られないように、走り始めた。


これで万が一見られても、赤くなっているのは走ったからだと誤魔化せる。


「待てって!」


女の私が卓也の足に勝てるはずもなく、敢えなく捕まってしまった。


「......ここで休んでいこうぜ」


卓也が指差した方向には、小さい頃よく一緒に遊んでいた公園があった。


私と卓也は公園のブランコに無言で座る。


小さい頃は余裕のあったブランコも、今は結構キツキツだ。


横を見ると、何を考えているのか真剣な卓也の表情に見とれてしまう。


.....もし、今告白したらどうなるのかな。


私は心咲の言っていた言葉を思い出す。


『でも、好きって言ったら変わるかもよ?』


......そうだ。


駄目で元々、言ってみるだけ。


駄目だったらドッキリとか、嘘とかで誤魔化せばいい。


私が決心し告白ようとした一瞬前、卓也が思い詰めた顔で話しかけてきた。


「......あのさ、心咲って付き合ってる奴とかいるのかな」


卓也は真剣な表情で私を見つめてくる。


「......なんで?」


私は薄々分かっていながらも、聞き返した。


違っていて欲しい。


何かの間違いであって欲しい。そう期待した。


「俺さ、小学生の時からずっと好きなんだよね。高校生になって、心咲、ますます綺麗になったじゃん? 早く告白しときたくてさ。協力してくんね?」


卓也は私を拝むように手のひらを合わせている。


まさか卓也が心咲の事好きだったなんて、全然知らなかった。そっか......


私は、卓也が心咲の事を『好き』とか『綺麗』とか言う度に、心が壊れそうに痛む。


そうだよね。


私じゃ、やっぱり駄目だよね......


「......卓也はさ、私が協力したら嬉しい?」


泣かないように必死にこらえ、聞いてみる。


少し声が震えたかもしれない。


「うん! お願い!」


卓也は、本当に心咲の事が好きなんだろう。


今まで見たこともないぐらいに必死にお願いしてくる。


「......分かった。いいよ」


私は笑顔を作り、卓也を見つめる。


その顔は、今まで見た事も無いぐらいに輝いていた。


でも、その笑顔を引き出したのは私じゃなくて心咲なんだ......


「ありがとう! 俺頑張るから!」


卓也はそう言うとブランコから飛び降り、こちらを向いた。


「あっ! 今日バイトの面接だった! ごめん、俺行くね」


卓也は慌てて時計を見ると走り始める。


しかし突然、ピタッと止まり顔だけこちらを向いた。


「希美が彼氏作るときは手伝ってやるからな!」


そう言うと、走って公園を出ていった。


「私は卓也と恋人になりたかったんだけどな......」


誰もいない公園で一人で呟いてみた。


我慢していた涙がこらえきれず、あふれでてきた。