突然の嵐がやってきて、乗客500人を乗せた観光船は、まるで木の葉のように海上をさまよった。




空は黒く染まり、激しい雨が降りつける。




操縦不能になった船の上で、泰雅と心美は向き合った。




「船の傾き方が普通じゃないよ。

甲板に波が打ち寄せて、今にもこの船を呑み込みそうだ」




「天気予報は晴れだったのに……。

おかしいよ。

こんな嵐がくるなんて

まさか、この船、転覆しないよね」




「しないと思う。

だけど、もしもこの嵐の中で、海に投げ出されたら……」
真っ暗な空を稲妻が切り裂いた。




轟音と共に夜空を照らした稲光は、何か不吉なことが起きる前触れを感じさせた。




「高校卒業の思い出がこんなことになるなんて……。

あっ、船が大きく揺れて、体を支えなくちゃ立ってられない。

ねぇ、泰雅。

私、怖いよ」




「大丈夫だ。

嵐はじきに収まるよ。

怖いことなんて、何もない」




「大変だ!」




観光船の中で、男の悲鳴にも似た叫び声が聞こえた。




「火事だ!

燃料タンクから火が出てる!」




オレは今のこの状況で火事が起きたという事実に恐怖した。




燃料タンクで燃え盛る炎は、消化可能なのだろうか。




もしかしたら、オレたちは、最悪の状況の中にいるのではないだろうか?




オレが現状を不安に思ったそのとき、船内に爆発音が響いて、オレはその場に凍りついた。
「もしかして、燃料タンクが爆発したんじゃ……」




オレが言ったその言葉が、オレと心美を不安にさせた。




燃料タンクが爆発したとしたら、船に穴が開いてしまったかもしれない。




そしてもしも、その穴から海水が流れ込んできたなら……。




観光船内はパニックの様相を呈してきた。




嵐の中で揺れる船は、海の真ん中で沈没する。




そしてこの嵐の中、大海に放り出されたオレたちを見つけ出してくれる人はいないだろう。




「船の中が慌ただしいよ。

みんな、この船が沈没すると思ってる」




心美がそう言ったとき、観光船は傾き、その角度はしだいに大きくなっているような気がした。




「オレはこんなとこで死なない!

オレにはまだ叶えていない夢があるから。

オレは絶対にアクションスターになってやるんだ!」




死が現実となって迫ってきたときに、オレの頭の中に浮かんだ大切な夢。




夢を語れば、人はオレをバカにするけど、オレは真剣に夢を叶えられるって、信じていた。




だけどオレは、自分の夢にチャレンジすらしていない。




もしかしてオレは、何者でもないままに、こんなところで死ぬのだろうか?
「私だって、こんなとこで死ねないよ。

高校三年間、一生懸命、バスケをやって、全国大会にも出れてうれしかったよ。

でも、それって、私の終わりじゃないよ」




「泰雅、心美、ここにいたのか」




オレがその声に振り返ると、そこには私立東野高校の仲間、彩斗と結衣と莉々菜と太一がいた。




「この船って、沈むのかなぁ?」




大人しい性格の太一が、怯えながらそう言った。




「バカなこと言うなよ。

オレたちの船は沈まない」




いつもはクールな彩斗が声を荒げた。




「現実的な話をしよう」




オレはそう言って、大切な仲間たちの顔を見回した。
「オレはこの船が沈むと思う。

嵐の中、頼りなく揺れている木の葉みたいなオレたちの船の燃料タンクが爆発したんだ。

この船の傾き方を考えたら、この船の中にはもう、海水が入り込んでいると思う」




「嫌だよ、そんなの認めないよ」




怖がりな莉々菜が泣きそうになりながら、両手で顔を覆った。




「私たち、まだちゃんとした恋愛もしていないのにね」




いつもはフワフワと現実離れをした会話をする結衣が、そう言って、下を向いた。




「あとは運しだいだよ。

オレたちが生きるか、死ぬか」




オレたちは傾き始めた船の高い場所へ逃げていった。




だけど、船は傾きを止めることなく、傾斜はさらに大きくなっていった。




そして、沈みかけた船に大きな波が襲いかかった。




その瞬間、オレたちは全員、大海に沈み、そこで意識を失った。
「泰雅は将来、何になりたいの?」




「オレか?

オレは断然、アクションスターだな」




「フフフ。

泰雅の夢って、大きいんだね」




「笑うなよ。

オレはふざけて言ってるわけじゃないぞ。

真剣に夢を叶えたいって思ってる」




「すごいね。

自分の夢を疑わないって」




「ああ、根拠のない自信だけど、夢はきっと叶うと思う。

絶対にあきらめなければ」