セーヌ川に魅せられて~パリジャンとの淡い恋~




何、ボンソワールって!!!


私ったら興奮して、さっき覚えたばかりのフランス語を呟いた。



「オーボア……メルシー……」



おかしいよね。


店に来て、いきなり、さようなら、ありがとうって。



「あははは」



笑った。



笑い声は世界共通。



「あはははは」



私も笑う。



「こんにちは…」



彼は自信なさげに首をかしげながら、片言の日本語を話した。




案内された席は、外の景色の見えるいい席だった。




「メルシー!!」


私は、自信満々にそう言って、彼に微笑みかけた。



彼…



彼の胸に付けられた名札を見る。


『Alain』


読み方がわからない。



う~ん。



仮名、「アラン」は、私に向って、小さく拍手して、おどけた表情で言った。




「ドウイタシマシテ!」




私はアランに向かって、右手の親指を立てた。




「グーーー!」



「あはははは!」




私の愛しのアランは、目を細くして笑った。



そして、去って行った。





「悠希!やばい!あの人、好き!!!!」




「出たー!怜の惚れ癖!あんたはいつも一目惚れだからね~!でも、今回はハードル高いよ!」


私と悠希の会話をあきれたように聞いていた聖がポツリと呟く。




「パリジャンとの恋…」




おおー

なんて素敵な響き!



このフランスで、


このオシャレなパリで…




私は恋に落ちた。








「注文聞きに来てくれるかなぁ、アラン!」



私は、フランス語で書かれたメニューをちらっと見ては、厨房に視線を送る。




「誰!?アランって!!まさか、さっきの?」


聖は、電子辞書を取り出し、必死でメニューを解読していた。




「そう、彼の名前はアラン!かっこいい!!」



「確かにかっこいいけど、高嶺の花過ぎるよ。」




半分冗談っぽく、私はアランへの恋心を話していた。





でも、心の中では違っていた。



気付いていた。




…まじで惚れちゃった。




パリのイケメンに惚れるなんて、旅行気分を盛り上げるのに最高だってみんなは笑った。



でも、そんな軽いものじゃなく、


運命的な何かを感じちゃうような、


激しい恋心…



アラン様!!


好きです!





美味しそうなムール貝を運んで来たのは、アランではなかった。



アランより体格のいい彼は、アランよりも女性に慣れていた。


電子辞書を見つめる聖に甘い言葉をかけた。




私にはわからないけど、「かわいいね」と声をかけたらしい。



クールな聖も、まんざらでもなさそうに頬を赤らめた。



まだアランのこと、何も知らない。


でも、何となくわかる。



純粋そうな表情。


軽く声をかけたりできない真面目な人。





私は厨房から時々顔を出すアランに夢中だった。




フランス語を話したいと思った。



彼と話がしたい。





いつもより食欲も口数も少ない私に、悠希が声をかけた。



「どうしたの?まさか、本気で惚れちゃった?」




うつむいたまま、首をたてに振る私。




ムール貝を食べる手を止めた2人が、厨房にいるアランを見た。



「確かにイケメンだよね。映画に出てきそうな顔…」



「うん。あのはにかんだ笑顔も確かにかわいいよね。」




聖も悠希も、私が惚れるのも無理はない、と言った。




叶うはずのない、期間限定の恋。




このムール貝を食べ終わるまでの恋……






「この店が閉まるのが22時だから、その頃にもう一度来てみようよ。」



現実的な考えの聖がそんな提案をするなんて、やっぱりパリは魅惑の街……



「このまま終わるわけにはいかないよ。」


夢見がちな悠希は、もちろんノリノリだった。




私はフランス語の辞書で、フランス語の練習。



「写真撮ってください、って言いたいな。」



何度も何度も練習した。



アランは会計の時に厨房から、ちょっとだけ顔を出してくれた。



ニコッて笑ってくれた笑顔に、胸が切なくなった。




フランスに旅行に来なければ、一生会えなかった。


アランの存在を知らないまま、私は一生を終えただろう。




でも、知ってしまった。




もう私の心は、アランでいっぱい。




街をぶらつきながら、写真を撮った。



ガイドブックに載っているお店を見つけて、はしゃいでいた。



遠くに見えたエッフェル塔が鮮やかなブルーを放っていた。






アランの店の閉店時間が近付いて、私達はドキドキしながら、店へ向かった。




店の前の看板を片付けるアランが目に入った。



「あ!アランだ。」


大声を出した私。


アランは、キョロキョロと辺りを見回してから、私を見つけた。



「おー!!ボンソワール!」



アランは、告白する前の中学生のような3人組に微笑みかけてくれた。



「あ……あの、ネームネーム!」



意味不明な私の言葉に、アランは答えてくれた。



「ネーム?あぁ、アラン!ユアネーム?」


アランってば、本当にアランなんだ。


「はい!マイネーム イズ レイ♪♪」



英語の成績も最悪だった私。


「オッケー!レイ!」



うひゃぁ!!!


名前呼ばれた。


もう倒れそう。



覚えたてのフランス語を話す。

…写真撮ってください。


アランは、にっこり微笑んで、乱れてもいない髪を整えた。




「メルシー!」



私がそう言うとアランは、私の肩に手を回した。




聖は、何枚も写真を撮ってくれた。



フラッシュで目がちかちかした。



「今夜、何してますかって聞いてよ。」


悠希が聖に向かって、興奮気味に言う。



聖は、カタコトのフランス語でアランに話し始めた。




「アランは、今から帰るだけみたい。私達はセーヌ川へ行きますって言ったよ。」



アランは、セーヌ川の方向を指差しながら言った。



「グー!!」



「アラン、一緒に行きませんか!!」


私の日本語を、アランは必死で理解しようとしてくれた。





「トゥギャザー、ミー?セーヌリバー!!」




私は恥ずかしげもなく、最低な英語を話す。




「オッケー!」




親指を立てたアランに私は寂しさを覚えた。



純粋そうに見えてもやっぱりパリジャン…



観光客からのこんな誘いに軽く答えるくらい、簡単なんだ。





さよならアラン。



冗談で誘ったわけじゃない。


本気だったのに。




私はしょんぼりしながら言った。




「オーボァ…」



さよなら、アラン。


ステキなパリジャン。





アランは、少し不思議そうな顔をして、私を見た。




「オーボァ…」




アランの声が耳から離れない。






私は泣き出しそうな気持ちをごまかす為に明るく振る舞った。




まるで、最初から好きじゃなかったかのように。




悠希も聖もそんな私の演技に騙されないけど。



私達3人はセーヌ川へ向かった。







セーヌ川のクルージングの乗り場は、エッフェル塔のすぐそばだった。


青く光り輝くエッフェル塔を見つめながら、

溢れる涙を拭った。




10数人の人が並んでいて、日本人だとわかると、声をかけてくれた。


「コンニチハ!」


「アリガトウ!」



時計は、もう夜の23時だった。



「怜、元気出しなよ!」

「いい思い出だったじゃん!」



聖も悠希も、アランとの別れを確信していた。


さっきのあの軽い返事は、3人をがっかりさせていた。




その時だった。



「レイ!!レイ!」



どこからか、私の名前を呼ぶ声・・・


フランスに友達なんていない。



もしも、聞き間違いでないのなら、


その声の主は・・・アラン。