僕らの期待通りに、華怜はすくすくと健康的に成長していった。自分で歩けるようになると茉莉華の買い物へ着いて行ったり、休日はアパート前の公園で元気に走り回っている。

 子どもというのは不思議なもので、どれだけ動き回っても疲れる気配が全然ない。

 最初のうちは華怜と公介くんの追いかけっこに付き合っていたけど、へとへとになった僕は日陰のベンチで休憩している二人の元へ戻る。

 しかし後ろから華怜に足を掴まれて、僕は立ち止まった。

「おとーさんおとーさん! つかまえたっ!」
「あはは……捕まっちゃったかぁ……」
「次はおとーさんがつかまえるばんねっ!」

 屈託のない笑みがまぶしい。それを見て気力が復活していたのは数分前までの事で、今はその笑顔を見ても癒えないほど疲労が溜まっていた。

「お父さんちょっと電池切れだから、休憩しよっか」
「でんちぎれじゃないっ! まだまだあそぶのっ!」
「公介くんとふたりで遊ぶのは?」
「コウちゃん、あしおそいからたのしくなーい。おとーさんとあそぶー」

 女の子に足が遅いと言われてしまった公介くんは、大きな目に涙を溜めて俯いてしまった。

 それに苦笑しつつも、意地悪を言う女の子に育ってほしくないから注意しなきゃいけない。華怜の目線の高さまで腰を屈めた。

「友達にそんなこと言ったらダメだぞ。そんな酷いこと言う華怜とは、お父さんも遊んであげられないなぁ」

 子どもというのはとても純粋で、僕の言葉を聞いた華怜は途端に目に涙を溜めて首をふるふると振った。

「やだっ! やだっ! おとーさんと遊びたいっ!」
「じゃあ、ちゃんと公介くんに謝りなさい」

 華怜は涙を溜めた目で公介くんを見て、「ごめんなさい……」と声を震わせながら謝った。公介くんは「僕も、足が遅くてごめんね……」と謝る。

 別に公介くんが謝る必要はないと思ったけど、結果的には仲直りできたから良かったんだと思う。

 それから華怜はもう一度僕を見て、だけどいつもみたいに抱きついてはこなかった。まだ怒っていると思ったんだろう。

 笑顔を作ると華怜が涙目のまま笑顔になり、ばっと僕へ抱きついてくる。そのまま持ち上げて抱っこしてあげると、きゃっきゃと喜んでくれた。

「おとーさん、かれんもつかれたー」

 華怜は素直になると、よく僕の真似をしてくる。たぶん愛情表現みたいなものなんだろう。

「公介くんも、ちょっと休憩しよっか」
「うん」

 公介くんは頷いて、僕のズボンを掴んでくる。大人になってからわかったけど、僕は子どもに好かれるタイプのようだ。

 華怜はもちろん、特に何もしていないけど公介くんもすぐに懐いてくれた。

 ベンチに腰掛けると茉莉華が微笑みながら「お疲れ様。公生くん」と言ってくれる。些細なことだけど、僕はちょっとだけ疲れが取れた気がした。

 まだ僕に抱きついている華怜の頭を撫でると、くすぐったそうに身体を震わせる。公介くんはもう小学生になるから、奈雪さんの隣できちんと座っていた。

「実は公介たちが遊んでいる間に、茉莉華さんといぬつかアイスを買ってきたんだよ」
「えっ、あいす?!」

 腕の中の華怜は露骨に反応を示し、大きな瞳をめいいっぱい輝かせた。公介くんはというと、あまり表情の変化は読み取れないけど喜んでいるのが伝わってくる。

 奈雪さんは持っていたクーラーボックスの中身を見せてくれた。中にはいくつか氷と一緒に棒アイスが入っていて、ひんやりとした空気が肌にかかる。

「えー、どれがいい? おとーさんどれにする?」

 そう言いながら、華怜は僕の方をチラチラと伺っている。実はこういうときも頻繁に真似をしてきて、僕と一緒じゃなきゃ気が済まないらしい。

 僕が「じゃあこれにしよっかな」と言って二つあるソーダ味を取ると、華怜はすかさず「じゃあ、かれんもこれにする!」と言いもう一つのソーダ味を取った。

 ちょっと意地悪かと思ったけど「華怜はソーダ味が好きなの?」と訊いてみたら「おとーさんはすき?」と訊き返してくる。

「好きだよ」と返したら、華怜は満面の笑みを浮かべて「おとーさんがすきなら、かれんもすきっ!」と言って再び抱きついてきた。

 そんな光景を見て、茉莉華も奈雪さんもくすりと笑う。

「公生くん、華怜に愛されてるね」

 僕は照れくさくなって頬をかく。

「子どもって、みんなこんなものなんじゃないの?」
「公介は、私の好きなものでも嫌いだって主張する時があるね」

 突然話題を振られた公介くんは顔を赤くして俯く。それを見て、また僕らはくすりと笑った。

 華怜は、本当によく僕の真似をする。特に食べ物には敏感に反応を示し、リンゴより梨が好きだと言えば「かれんもなしがすきっ!」と言って、クリームシチューよりビーフシチューが好きだと言えば「かれんもそっちのほうがすきっ!」と合わせてくる。

 一度だけ、チーズが好きだと言ったことがある。すると華怜は食べたこともないのに「かれんもすきっ!」と言って屈託のない笑みを浮かべた。

 そういう経緯があったから、華怜は僕の好みに合わせているんだと気付いた。

 しかし合わせているといっても、僕が好きだと言ったものは華怜も本当に美味しそうに食べるから、たぶん無理とかはしていないんだと思う。

 現に今も、ソーダ味のアイスを僕の膝の上で美味しそうに食べていた。

「美味しい?」と訊いてみると、少しよだれを垂らした華怜は「おいしい!」と答える。

 名前の通り元気に育って良かったと、僕は思った。