朝、目が覚めてすぐに、華怜がいないことに気が付いた。そして机の上に一枚だけ置かれている紙が目に留まる。
『今まで、本当にありがとうございました。両親の元へ帰りたいと思います。いつかあなたが本を出すのを、私はずっと心待ちにしています。話せないことが多すぎて、ごめんなさい……では、またどこかで』
その手紙を握りしめながら、僕は泣いた。どうして、こんな手紙一枚だけを残して去っていくんだ。
何かの悪い冗談なんじゃないかと思って、居間を出てからキッチンへ向かった。いつもならそこで調理をしているはずなのに、今日は誰もいない。
華怜がそばにいなかった。
玄関を見ても、置いてあるのは僕の靴だけ。
タンスの中の服は、一組だけ残っていた。それは、僕のプレゼントした服だった。
その服を抱きしめながら、僕はもう一度涙を流す。未だそれには華怜の匂いが色濃く残っていて、わずか一週間の出来事が次々とフラッシュバックした。
一緒に買い物へ行って、調理をして、一緒に眠って、大学へ行って、デートをして、キスをした。その全てがまるで昨日の出来事のように頭の中をぐるぐると回り続けて、それはもう一生手の届かない場所にあるんだということを悟る。
僕は、スマホも持たずに部屋を飛び出した。もしかすると、まだ近くにいるかもしれない。もしかすると、駅で電車を待っているかもしれない。
走って走って、最寄りのバス停に辿り着く。今はまだ、始発のバスも到着していない時間だということを初めて知った。
時刻は早朝で、だとしたら駅まで歩いて向かっているのかもしれない。僕は駅の方向へ全速力で走った。
数十分して、ようやく辿り着く。
日曜だから人の姿も少ない。これなら見逃すことはないだろうと思って、駅舎の中を駆けずり回ったけれど、見つからなかった。
改札の前を行ったり来たりして、駅員の人にも「背が低い、何も荷物を持っていない女の子がここを通りませんでしたか」と聞いた。首を振るだけだった。
そこでようやく、ここにいるわけないじゃないかと思い当たった。
華怜の持っていたものはスマホだけで、バス代も電車代も持っていない。こんな場所へ来ても全く意味がない。
随分な遠回りをしてしまった。
ちょうど始発のバスが停車していたから、それに乗り込みアパート近くへと戻る。
近辺をまた、駆けずり回った。もしかすると、どこかの道端で倒れているかもしれない。そう考えると、疲れているはずなのに足が前へと進ませてくれた。
結局、どれだけ走ったのかは分からない。
大学にもお城にも庭園にも城下町にも緑地の公園にも行ってみた。そのいずれにも、華怜はいなかった。
最後に回ったアパート近くの公園も、小さな子どもたちが遊んでいるだけだった。僕はようやく、もう華怜はいなくなってしまったのだということを悟る。
華怜の居なくなってしまった日常に、意味なんてあるのだろうか。この一週間、華怜の笑顔を見るためだけに生きてきた。華怜が喜んでくれるから、再び小説家を目指そうと決心できた。
その華怜がいなくなってしまったのなら、もう夢を追う理由もない。華怜が一番最初に読んでくれないなら、意味なんてない。
もう、筆は握れない。
華怜が最後に残してくれたお願いすら果たせなくなるけど、仕方ないじゃないか。もう疲れてしまった。
それから僕はアパートへと戻って、全てを閉ざした。あの輝かしい記憶を、思い返さないように努めた。あれはただの夢だったと、自分に言い聞かせた。
それでも彼女が残していった甘い残り香は、いつまで経っても消えてくれることなんてなかった。
『今まで、本当にありがとうございました。両親の元へ帰りたいと思います。いつかあなたが本を出すのを、私はずっと心待ちにしています。話せないことが多すぎて、ごめんなさい……では、またどこかで』
その手紙を握りしめながら、僕は泣いた。どうして、こんな手紙一枚だけを残して去っていくんだ。
何かの悪い冗談なんじゃないかと思って、居間を出てからキッチンへ向かった。いつもならそこで調理をしているはずなのに、今日は誰もいない。
華怜がそばにいなかった。
玄関を見ても、置いてあるのは僕の靴だけ。
タンスの中の服は、一組だけ残っていた。それは、僕のプレゼントした服だった。
その服を抱きしめながら、僕はもう一度涙を流す。未だそれには華怜の匂いが色濃く残っていて、わずか一週間の出来事が次々とフラッシュバックした。
一緒に買い物へ行って、調理をして、一緒に眠って、大学へ行って、デートをして、キスをした。その全てがまるで昨日の出来事のように頭の中をぐるぐると回り続けて、それはもう一生手の届かない場所にあるんだということを悟る。
僕は、スマホも持たずに部屋を飛び出した。もしかすると、まだ近くにいるかもしれない。もしかすると、駅で電車を待っているかもしれない。
走って走って、最寄りのバス停に辿り着く。今はまだ、始発のバスも到着していない時間だということを初めて知った。
時刻は早朝で、だとしたら駅まで歩いて向かっているのかもしれない。僕は駅の方向へ全速力で走った。
数十分して、ようやく辿り着く。
日曜だから人の姿も少ない。これなら見逃すことはないだろうと思って、駅舎の中を駆けずり回ったけれど、見つからなかった。
改札の前を行ったり来たりして、駅員の人にも「背が低い、何も荷物を持っていない女の子がここを通りませんでしたか」と聞いた。首を振るだけだった。
そこでようやく、ここにいるわけないじゃないかと思い当たった。
華怜の持っていたものはスマホだけで、バス代も電車代も持っていない。こんな場所へ来ても全く意味がない。
随分な遠回りをしてしまった。
ちょうど始発のバスが停車していたから、それに乗り込みアパート近くへと戻る。
近辺をまた、駆けずり回った。もしかすると、どこかの道端で倒れているかもしれない。そう考えると、疲れているはずなのに足が前へと進ませてくれた。
結局、どれだけ走ったのかは分からない。
大学にもお城にも庭園にも城下町にも緑地の公園にも行ってみた。そのいずれにも、華怜はいなかった。
最後に回ったアパート近くの公園も、小さな子どもたちが遊んでいるだけだった。僕はようやく、もう華怜はいなくなってしまったのだということを悟る。
華怜の居なくなってしまった日常に、意味なんてあるのだろうか。この一週間、華怜の笑顔を見るためだけに生きてきた。華怜が喜んでくれるから、再び小説家を目指そうと決心できた。
その華怜がいなくなってしまったのなら、もう夢を追う理由もない。華怜が一番最初に読んでくれないなら、意味なんてない。
もう、筆は握れない。
華怜が最後に残してくれたお願いすら果たせなくなるけど、仕方ないじゃないか。もう疲れてしまった。
それから僕はアパートへと戻って、全てを閉ざした。あの輝かしい記憶を、思い返さないように努めた。あれはただの夢だったと、自分に言い聞かせた。
それでも彼女が残していった甘い残り香は、いつまで経っても消えてくれることなんてなかった。