五月二十四日 (木)
今朝は、天気予報を確認する必要もないほどの快晴だった。いつも通り、カーテンの隙間から差し込む朝日で目を覚ます。
いつもと違ったのは、華怜よりも早く起床したということだ。昨日も一昨日も華怜は僕より先に起きて、朝食の用意をしてくれていた。
これはいい機会だと思い、起こさないように布団から這い出て洗面所へ向かう。顔を洗って目を覚ました後、すぐに台所で朝食の準備に取り掛かった。
ベーコンを焼いて、目玉焼きは固めにする。こっちの方が、華怜は喜んでくれるから。
次いで味噌汁を作ろうとすると、背後から声がかかった。
「おはようございます、公生さん」
「おはよ、今作ってるからちょっと待っててね」
「手伝いますよ」
まだ寝ぼけているのか、少し足取りがおぼついていなかった。だけど包丁を握ると目が覚めたのか、普段通りトントンと具材を切っていく。
ふと思い浮かんだことを、華怜に投げかける。
「味噌汁って、作る人によって味が変わるよね」
「そうですか?」
「華怜のいつも作ってくれる味噌汁、すっごく美味しいよ」
すると僕の言葉に照れたのか、包丁を扱う手が止まった。
「私も、公生さんのお味噌汁は好きですよ」
「僕が作ったことあったっけ?」
「出会った日に作ってくれました」
そして華怜は「冷めちゃってましたけど」と微笑みながら答える。そういえば冷めた味噌汁を飲ませたことがあったなと、いまさら申し訳ない気持ちになった。
「それに、なんだか……いつっ!」
突然、華怜は短い悲鳴が上げる。彼女の手元を見ると、具材を押さえている方の指から赤い鮮血が垂れていた。
「消毒しないと」
「これくらい大丈夫ですよ」
「大丈夫じゃないって。バイキンが入ったりしたら大変だから」
蛇口をひねり、血が出た手を洗う。それからしっかり拭いた後、消毒をして絆創膏を貼った。
華怜の表情を伺うと、どこか上の空で心ここにあらずといったようだった。
「大丈夫?」
「……あ、はい」
ワンテンポ遅れて、返事が返ってくる。
僕は華怜の腕を掴み居間へ連れて行き、座布団の上へと座らせた。
「あの、朝ごはんは……」
「僕が作るよ」
「私も手伝います」
立ち上がろうとしたから、優しく肩を押さえる。優しくしたつもりだったのに、華怜はぺたんと座布団の上にお尻を付けた。
「調子よくないんでしょ?」
「そんなことないです」
「ほんとに?」しっかりと目を見た。
「ほんとです」僕の目をまっすぐ見返してくる。
「僕らが初日に約束したこと、華怜は覚えてる?」
確認のつもりで訊くと、すぐに華怜は答えた。
「身体に異常があったら、公生さんに相談ですよね。覚えてます」
頑として、自分の意思を曲げるつもりはないらしい。
だとしたらさっき指を切ったのも、どこか上の空なのも、ただの思い過ごしなのかもしれない。
心配性の僕は、救急箱から体温計を取り出す。それは脇に挟むタイプだ。
「一応、これで熱計ってみて」
「熱が無かったら、手伝っていいですか?」
「朝ごはんは僕が作るよ。あとでサンドイッチも作らなきゃだから、熱がなくてもしばらく大人しくしてて」
鬱陶しくて嫌われてしまうかもと思ったけれど、こればかりは引くことはできない。僕が浮かれて風邪を引かせてしまうなんて、そんなの彼氏として不甲斐なさすぎる。
それと、華怜は身元を証明できるものが一つもないのだ。病院にかかるとなれば、お金がバカにならない。
いや、お金なんてこの際関係ない。僕はいつも、華怜に健康でいてほしいんだ。
彼女は寝巻きをたくしあげて、体温計を脇に挟み込む。心配性の僕は、なるべくしっかりした数値が出るように、肩を軽く押さえた。
やがて計測終了の軽快な音が鳴り響いて、それを華怜から受け取った。
「三六度五分」
「ほら、熱なんてないですよ?」
「口開いて」
さすがにムッとされたけれど、素直に開いてくれた。スマホの電燈で口内を照らす。腫れているといった症状は見られない。
「らいよーぶれすか?」
「ごめん、もういいよ」
口を閉じて、彼女の乱れた衣服を整えた。
僕はもう一度だけ、釘を刺しておく。
「何かあったらすぐに相談してよ」
「わかってますっ」
「それと、華怜のことを信じられなくてごめん」
「それは心配してくれてるってことですから、嬉しいです」
ニコリと微笑んだのを見て、僕も頬を緩める。
残りの準備を済ませてから、机に朝食を並べた。
初めに味噌汁を飲んだ華怜は「やっぱり公生さんの味噌汁は美味しいです」と感想を漏らす。幸福そうな表情を浮かべていたから、僕ももちろん嬉しくなる。
それからは二人でベーコンとたまごのサンドイッチを作り、タッパに詰めた。比率はベーコン七割たまご三割だ。
カバンへ入れて、華怜は僕の買ってあげたお気に入りの洋服へ着替える。僕も手早く着替えを済ませ、二人で大学へと向かった。
今朝は、天気予報を確認する必要もないほどの快晴だった。いつも通り、カーテンの隙間から差し込む朝日で目を覚ます。
いつもと違ったのは、華怜よりも早く起床したということだ。昨日も一昨日も華怜は僕より先に起きて、朝食の用意をしてくれていた。
これはいい機会だと思い、起こさないように布団から這い出て洗面所へ向かう。顔を洗って目を覚ました後、すぐに台所で朝食の準備に取り掛かった。
ベーコンを焼いて、目玉焼きは固めにする。こっちの方が、華怜は喜んでくれるから。
次いで味噌汁を作ろうとすると、背後から声がかかった。
「おはようございます、公生さん」
「おはよ、今作ってるからちょっと待っててね」
「手伝いますよ」
まだ寝ぼけているのか、少し足取りがおぼついていなかった。だけど包丁を握ると目が覚めたのか、普段通りトントンと具材を切っていく。
ふと思い浮かんだことを、華怜に投げかける。
「味噌汁って、作る人によって味が変わるよね」
「そうですか?」
「華怜のいつも作ってくれる味噌汁、すっごく美味しいよ」
すると僕の言葉に照れたのか、包丁を扱う手が止まった。
「私も、公生さんのお味噌汁は好きですよ」
「僕が作ったことあったっけ?」
「出会った日に作ってくれました」
そして華怜は「冷めちゃってましたけど」と微笑みながら答える。そういえば冷めた味噌汁を飲ませたことがあったなと、いまさら申し訳ない気持ちになった。
「それに、なんだか……いつっ!」
突然、華怜は短い悲鳴が上げる。彼女の手元を見ると、具材を押さえている方の指から赤い鮮血が垂れていた。
「消毒しないと」
「これくらい大丈夫ですよ」
「大丈夫じゃないって。バイキンが入ったりしたら大変だから」
蛇口をひねり、血が出た手を洗う。それからしっかり拭いた後、消毒をして絆創膏を貼った。
華怜の表情を伺うと、どこか上の空で心ここにあらずといったようだった。
「大丈夫?」
「……あ、はい」
ワンテンポ遅れて、返事が返ってくる。
僕は華怜の腕を掴み居間へ連れて行き、座布団の上へと座らせた。
「あの、朝ごはんは……」
「僕が作るよ」
「私も手伝います」
立ち上がろうとしたから、優しく肩を押さえる。優しくしたつもりだったのに、華怜はぺたんと座布団の上にお尻を付けた。
「調子よくないんでしょ?」
「そんなことないです」
「ほんとに?」しっかりと目を見た。
「ほんとです」僕の目をまっすぐ見返してくる。
「僕らが初日に約束したこと、華怜は覚えてる?」
確認のつもりで訊くと、すぐに華怜は答えた。
「身体に異常があったら、公生さんに相談ですよね。覚えてます」
頑として、自分の意思を曲げるつもりはないらしい。
だとしたらさっき指を切ったのも、どこか上の空なのも、ただの思い過ごしなのかもしれない。
心配性の僕は、救急箱から体温計を取り出す。それは脇に挟むタイプだ。
「一応、これで熱計ってみて」
「熱が無かったら、手伝っていいですか?」
「朝ごはんは僕が作るよ。あとでサンドイッチも作らなきゃだから、熱がなくてもしばらく大人しくしてて」
鬱陶しくて嫌われてしまうかもと思ったけれど、こればかりは引くことはできない。僕が浮かれて風邪を引かせてしまうなんて、そんなの彼氏として不甲斐なさすぎる。
それと、華怜は身元を証明できるものが一つもないのだ。病院にかかるとなれば、お金がバカにならない。
いや、お金なんてこの際関係ない。僕はいつも、華怜に健康でいてほしいんだ。
彼女は寝巻きをたくしあげて、体温計を脇に挟み込む。心配性の僕は、なるべくしっかりした数値が出るように、肩を軽く押さえた。
やがて計測終了の軽快な音が鳴り響いて、それを華怜から受け取った。
「三六度五分」
「ほら、熱なんてないですよ?」
「口開いて」
さすがにムッとされたけれど、素直に開いてくれた。スマホの電燈で口内を照らす。腫れているといった症状は見られない。
「らいよーぶれすか?」
「ごめん、もういいよ」
口を閉じて、彼女の乱れた衣服を整えた。
僕はもう一度だけ、釘を刺しておく。
「何かあったらすぐに相談してよ」
「わかってますっ」
「それと、華怜のことを信じられなくてごめん」
「それは心配してくれてるってことですから、嬉しいです」
ニコリと微笑んだのを見て、僕も頬を緩める。
残りの準備を済ませてから、机に朝食を並べた。
初めに味噌汁を飲んだ華怜は「やっぱり公生さんの味噌汁は美味しいです」と感想を漏らす。幸福そうな表情を浮かべていたから、僕ももちろん嬉しくなる。
それからは二人でベーコンとたまごのサンドイッチを作り、タッパに詰めた。比率はベーコン七割たまご三割だ。
カバンへ入れて、華怜は僕の買ってあげたお気に入りの洋服へ着替える。僕も手早く着替えを済ませ、二人で大学へと向かった。