お昼を食べた後、すぐに大学へ行く支度をした。今日は午前中の講義が一つもなく、その代わり午後に講義がある。
本当は行きたくないけれど、その理由は華怜がいるからというもので、そんな不純な理由で休んでしまえば癖がつきそうだから、こればかりはしっかりしておこうと気を引き締めた。
支度が終わってから華怜に留守番を頼んだけれど、首を縦には振らなかった。
ただ一言「私も行きます」なんてことを言うから、どうしたものかと頭を抱える。
「大学ってどういう場所か知ってる?」
「勉強をする場所ですよね」
「そんなところに行っても楽しくないよ?」
「楽しいです」
「……じゃあ、華怜は今何歳か知ってる?」
「……たぶん、高校二年ぐらいです。だけど、バレなきゃ大丈夫です」
こんな風に、決して折れてくれないのだ。
このままだと講義が始まってしまうし、やがて言い合いの喧嘩にでも発展したらどうしようと焦った僕は、仕方なく華怜を大学へ連れて行くことにした。
幸い今日は大講義室で行う講義だから、隅っこにいればバレることはないだろう。もしバレたりしても、一緒に逃げ出せばいいかぐらいに考えた。
ダメだダメだと言ったけれど、華怜と二人でお出かけするのはそれだけで心が大きくときめく。
デート、というものなのだろうか。
「二人でお出かけなんて、まるでデートみたいですねっ」
屈託のない笑みで、そんなことを言ってきたから僕はびっくりして、唾液が気管の変な場所へ入っていって、思わずむせてしまった。
「だ、大丈夫ですか?!」背中を優しくさすってくれる。「ごめん、ありがと……」とお礼を言った。
僕は今、とても幸せだ。
それから華怜は言葉を付け加えた。
「こういう経験をしておくと、きっと小説を書くときに役立ちますよ。私、精一杯頑張りますね!」
それを聞いた僕は、ちょっとだけ、本当にちょっとだけ心が沈んだ。僕のためにデートをしてくれる。それはもしかすると、華怜の意思は介入していないのかもしれない。
僕が小説家を目指していると伝えなければ、素直にお昼は留守番をしたのかも。
僕という人間は卑屈な部分があるから、そういうことを一度でも考えてしまうと、どんどんと悪い方へと考えてしまう。
「どうしたんですか?」
いつの間にか、下から顔を覗き込まれていた。無理に小さく微笑むと、華怜も同じく笑みを浮かべてくれる。
「楽しみですね。プレゼントしてくれたお洋服を着て、公生さんと一緒にお出かけしたかったんです」
その純粋な笑顔を見て、卑屈な心は少しだけ和らいだ気がした。
※※※※
大学まではバスをいくつか乗り継いで、駅前の方へ向かわなければいけない。二人でバスに乗って、ちょうど後ろの席が空いていたから腰を下ろすと、華怜は窓の向こうへ視線を向けた。
なんの変哲もない住宅地だけれど、移り変わる景色を眺めているのが楽しいのだろう。
住宅地からお店の多い繁華街へ、繁華街を過ぎれば感性豊かな城下町、城下町をしばらく過ぎればまた繁華街、そこをしばらく進めば車の数と高層ビルが増えてくる。
この辺りは、この県の中で一番発展しているところだ。僕は都心部より田舎の風景の方が好きだから、少しだけ息が詰まる。
大学に憂鬱を感じていたのも、立地場所が原因の一つだったのかもしれない。
「この辺は、あんまり好きじゃないです」
もう華怜は外を見ていなかった。数分前までは、とても楽しそうに眺めていたのに。
「駅前は緑が少ないからね。僕も息が詰まるよ」
「便利だからって、なんでもかんでも作り変えるのは間違ってます。でも、そのままっていうわけにもいかないんですよね」
その寂しそうな表情を見たくなかったから、どうすれば彼女が笑顔になってくれるのかを考えた。そしてすぐに、良い案を思いつく。
「今度、遠出しようよ。なるべく緑の多いところに」
その提案は当たりだったようだ。華怜は嬉しそうに口元をほころばせる。
「サンドイッチを持っていきましょう」
「なるべく晴れてる日の方がいいよね」
「シートを持っていったほうがいいかもしれません」
「お菓子はやっぱりポテトチップスだよね」
「のり塩です」
「僕も、のり塩」
くすりと、お互いに笑い合う。声はひそめているから、周りに迷惑はかからない。
「これが恋愛小説だったら、女の子が男の子の肩に寄りかかるんですかね」
「どうかな。ありきたりすぎると思うけど」
「でも、経験しておいた方がいいと思います」
そう言うと、僕が返答する前に左肩へ寄りかかってきた。ついでに頭をちょこんと乗せてきて、髪の匂いが鼻腔をくすぐる。
想像と現実は全然違うのだと、僕は深く理解した。
寄りかかりながら「どうですか?」と問いかけてくる。言葉が詰まってしまって、「なんか、すごい……」としか言えなかった。
その小学生みたいな感想に、やはり華怜は微笑んでくれた。良い雰囲気だけど、あくまで小説を書くための経験値稼ぎみたいなものだから、浮かれすぎるのもよくない。
浮かれて暴走して、華怜に迷惑をかけてしまうのは避けなければいけない。
しばらくジッとしていると、隣から可愛らしい寝息が聞こえてきた。僕は苦笑して、緊張が和らぐ。
起こしてしまうのも悪いため、目的地に着くまで寝かせて置くことにした。
本当は行きたくないけれど、その理由は華怜がいるからというもので、そんな不純な理由で休んでしまえば癖がつきそうだから、こればかりはしっかりしておこうと気を引き締めた。
支度が終わってから華怜に留守番を頼んだけれど、首を縦には振らなかった。
ただ一言「私も行きます」なんてことを言うから、どうしたものかと頭を抱える。
「大学ってどういう場所か知ってる?」
「勉強をする場所ですよね」
「そんなところに行っても楽しくないよ?」
「楽しいです」
「……じゃあ、華怜は今何歳か知ってる?」
「……たぶん、高校二年ぐらいです。だけど、バレなきゃ大丈夫です」
こんな風に、決して折れてくれないのだ。
このままだと講義が始まってしまうし、やがて言い合いの喧嘩にでも発展したらどうしようと焦った僕は、仕方なく華怜を大学へ連れて行くことにした。
幸い今日は大講義室で行う講義だから、隅っこにいればバレることはないだろう。もしバレたりしても、一緒に逃げ出せばいいかぐらいに考えた。
ダメだダメだと言ったけれど、華怜と二人でお出かけするのはそれだけで心が大きくときめく。
デート、というものなのだろうか。
「二人でお出かけなんて、まるでデートみたいですねっ」
屈託のない笑みで、そんなことを言ってきたから僕はびっくりして、唾液が気管の変な場所へ入っていって、思わずむせてしまった。
「だ、大丈夫ですか?!」背中を優しくさすってくれる。「ごめん、ありがと……」とお礼を言った。
僕は今、とても幸せだ。
それから華怜は言葉を付け加えた。
「こういう経験をしておくと、きっと小説を書くときに役立ちますよ。私、精一杯頑張りますね!」
それを聞いた僕は、ちょっとだけ、本当にちょっとだけ心が沈んだ。僕のためにデートをしてくれる。それはもしかすると、華怜の意思は介入していないのかもしれない。
僕が小説家を目指していると伝えなければ、素直にお昼は留守番をしたのかも。
僕という人間は卑屈な部分があるから、そういうことを一度でも考えてしまうと、どんどんと悪い方へと考えてしまう。
「どうしたんですか?」
いつの間にか、下から顔を覗き込まれていた。無理に小さく微笑むと、華怜も同じく笑みを浮かべてくれる。
「楽しみですね。プレゼントしてくれたお洋服を着て、公生さんと一緒にお出かけしたかったんです」
その純粋な笑顔を見て、卑屈な心は少しだけ和らいだ気がした。
※※※※
大学まではバスをいくつか乗り継いで、駅前の方へ向かわなければいけない。二人でバスに乗って、ちょうど後ろの席が空いていたから腰を下ろすと、華怜は窓の向こうへ視線を向けた。
なんの変哲もない住宅地だけれど、移り変わる景色を眺めているのが楽しいのだろう。
住宅地からお店の多い繁華街へ、繁華街を過ぎれば感性豊かな城下町、城下町をしばらく過ぎればまた繁華街、そこをしばらく進めば車の数と高層ビルが増えてくる。
この辺りは、この県の中で一番発展しているところだ。僕は都心部より田舎の風景の方が好きだから、少しだけ息が詰まる。
大学に憂鬱を感じていたのも、立地場所が原因の一つだったのかもしれない。
「この辺は、あんまり好きじゃないです」
もう華怜は外を見ていなかった。数分前までは、とても楽しそうに眺めていたのに。
「駅前は緑が少ないからね。僕も息が詰まるよ」
「便利だからって、なんでもかんでも作り変えるのは間違ってます。でも、そのままっていうわけにもいかないんですよね」
その寂しそうな表情を見たくなかったから、どうすれば彼女が笑顔になってくれるのかを考えた。そしてすぐに、良い案を思いつく。
「今度、遠出しようよ。なるべく緑の多いところに」
その提案は当たりだったようだ。華怜は嬉しそうに口元をほころばせる。
「サンドイッチを持っていきましょう」
「なるべく晴れてる日の方がいいよね」
「シートを持っていったほうがいいかもしれません」
「お菓子はやっぱりポテトチップスだよね」
「のり塩です」
「僕も、のり塩」
くすりと、お互いに笑い合う。声はひそめているから、周りに迷惑はかからない。
「これが恋愛小説だったら、女の子が男の子の肩に寄りかかるんですかね」
「どうかな。ありきたりすぎると思うけど」
「でも、経験しておいた方がいいと思います」
そう言うと、僕が返答する前に左肩へ寄りかかってきた。ついでに頭をちょこんと乗せてきて、髪の匂いが鼻腔をくすぐる。
想像と現実は全然違うのだと、僕は深く理解した。
寄りかかりながら「どうですか?」と問いかけてくる。言葉が詰まってしまって、「なんか、すごい……」としか言えなかった。
その小学生みたいな感想に、やはり華怜は微笑んでくれた。良い雰囲気だけど、あくまで小説を書くための経験値稼ぎみたいなものだから、浮かれすぎるのもよくない。
浮かれて暴走して、華怜に迷惑をかけてしまうのは避けなければいけない。
しばらくジッとしていると、隣から可愛らしい寝息が聞こえてきた。僕は苦笑して、緊張が和らぐ。
起こしてしまうのも悪いため、目的地に着くまで寝かせて置くことにした。