きっと雪路を守って居るつもりても、守りきれていない。



身体じゃない。心を守れていない。



仲間だった者と対峙するという行為が辛いんだ。



仲間だった。

仲間として過ごした時間があった。



あの日、颯天が雪路を殴った日。



雪路の自室で青龍の姫に。

つまり瑠樹の彼女になったと言っていた顔は幸せそうで、楽しそうだったのを思い出す。



「クソっ」



「っ」



あからさまに攻撃が当たらないのにストレスを感じている颯天と、

何かを察した様子で私の視線の先。つまり雪路を見た瑠樹。



「っ!」



瑠樹の反応に気付いた律と、律につられて颯天が視線を向ける。



「えっ、何してるのあれ!」



「月夜!」



「雪…路」



慌てた様子で月夜達の方に掛けて行った律と颯天。



そして、私の隣で呆然としている瑠樹。



「雪路…。何で…あんな…、悲しそうな顔して」



ポツリと呟かれた言葉に驚いた。



気付いたのか、雪路が悲しんでいる事に。



そう思いながら瑠樹に目線を向けてると、対峙し合った両者の中間に円が立った。



「なーんか長引いてるんで引き分けですねー。さ、教室に戻りましょうか」



興が冷めたといった様子で言った円だが、その言葉には圧を感じる。



それを感じ取った一同が、バツの悪そうな顔をしながらも下駄箱に向かう。



「雪路……」



雪路を裏切った青龍の、雪路の彼氏だった瑠樹。



悲しそうな顔し、愛しそうに雪路の名を呟くなら今も雪路を想ってるんだろうが、

それでも私には不快に思えた。



雪路が辛い目に遭っているのを知りながら放っている瑠樹。



雪路の前で嫌そうな顔をしながらも、愛奈を受け入れている瑠樹。



雪路を1番傷付けている、瑠樹。



……何かしら事情があったとしても無かったとしもだ。



未練がましく雪路を想っている瑠樹を不快に思う自分と、

雪路の想いがまだ叶うかもと瑠樹を最後の希望と思った自分が居るのを感じながら、

私も下駄箱で靴を履き替えた。


場所は移って屋上。



さて、考えてみれば分かる事だ。



つらら達が自分達より弱いと思い込んでる颯天、月夜、亜夢の機嫌は悪い。



自分達が勝つと思い込んでいた闘いをする前に引き分けにされたからか、

亜夢に何かした可能性がある相手を殴れなかったからかわからないが。



玲は円に起こされてすぐここに来たのでイマイチ状況を理解していないのと、

律と瑠樹は何やら私をチラチラと見たり見なかったり。



率直に言おう。居心地が悪い。



そんな事を思ったとほぼ同時。



「瑠樹、雪香、もう一回や」



真剣な顔付きで言われ思わずギョッとした。



考えても見よう。



先程まで不機嫌オーラ全開で、今まで自分を空気程度にしか認識していなかっただろう、

相手を見下した態度の野郎が突然真剣な顔付きになって自分を見たんだ。



驚かない方がおかしいと私は思う。



てかもう一回って。嫌だよそんな面倒な。



手加減間違えたら怪しまれる可能性は出てくるわ、

力の差を感じてやりにくいわ、雪路を殴った時の仕返ししそうと思った場合色々面倒だ。



そんな私とは違う考えらしい瑠樹は立ち上がっていた。



「えっ、ちょ、ここで喧嘩するの?そりゃ広さはあるしやりやすそうだけど……」



心配そうな表情と視線を、同じ様にフェンスに凭れて座っている私に向ける律。



「律も見たやろ。コイツ俺等2人の連携避けながら雪路の方見とったんや」



あっ、そういえば見てたな。



何せ気になったから。



………えっ、それで怪しまれたのか?



「本気で行ったらどないなるか気になるやろ、普通」



その言い方だと、本気じゃなかったと。



大分冷静さ失い掛けてた為か、確かに本気は出せてなかっただろうが。



何だその興奮した様な表情は。



ニヤッと笑った笑みを気持ち悪く感じるのは多分、

円や慎が黒い笑みを浮かべてロクな事を起こさないからだろうか。



それとも単に私の颯天に対する印象が悪いからか。



はたまた本当に颯天が気持ち悪いのか。

「そうなんですか?」



機嫌の悪そうなままパソコンをいじっていた月夜が意外そうな、

信じられない。だが同時に興味はあるといった顔付きで颯天を見た。



「せやで。ホンマ驚いたわ」



「いや、明らかに苛ついてたでしょ」



「っそりゃ当たり前に避けられ続けたら苛つくわ!」



……何か、いつもと違う。



亜夢と颯天以外の口元が微笑んでいる。



颯天は怒ってるようだが、じゃれる程度のものだ。



唯一亜夢が私を睨んでるが、月夜、颯天、瑠樹、玲は口元に笑みを浮かべ目元も優しい。



作り物ではない、自然に出来た笑みだ。



いつもと違う雰囲気の青龍に驚きつつ見ていると、隣で律が呟いた。



「雪香、ありがと」



何に礼を言ってるのかが気になったのとほぼ同時。



「雪香!早(は)よしい!」



照れ隠しの様に私に言った颯天。



空気扱いしろと言ったはずなんだが………。



……だがそれでも、雰囲気が柔らかく感じるのは勘違いではないだろう。



居心地が良い。



雪希と雪路には悪いが、青龍の根は救いようの無い程までは腐ってないようだ。



だがそれでも思う。



颯天は忘れてるのか知らないが、雪路の顔を殴ったんだ……。



それだけは変わらない。



なのに不思議と私の中で青龍の印象は悪くない。



もしかしたら、雪路が正しかったと分からせれば改心するかも知れない。



……自分への対応が変わっただけなのに、こんな事を思うとは単純だな。



そう思いながら、立ち上がろうとした時。


ーバンッ!



音を発てて屋上の扉が勢い良く開かれた。



「何や?」



視線を向けると、そこには円が居た。



「どおしたのぉ?先生ぇ」



明らかに円は顔を歪めた。



どうやら隠す気は無いらしい。



「昼休み前にどーしても決めときたい事があるんで来てくださいー。

ちなみに来なくて困るのはあなた達自身ですからねー」



亜夢の声に不快感を感じつつ、私が困るって何を決めるんだ。



「早く来て下さいよー」



嵐の様にフラッと来てフラッと帰った円に、少し遅れて颯天が反応した。



「しゃあないな。担任がわざわざここまで来て言ったんやから後回しや」



「僕避ける事は得意ですが喧嘩はちょっと………」

手加減とか面倒だから嫌だよ。



「ホンマか?」



「はい」

誰だって面倒なのは嫌だよ。



「………お前何か謙遜してそうや。それにどことなく理事長に似とるからな………」



私が慎に!?



…驚いてしまった。そんなの初めて言われたな。



「まエエわ。こっちはやる気やからな」



「颯天、雪香、話は後です。さ、行きますよ」



名前呼ばれた。



呼び捨てで、嫌悪なんか混じっていない普通の声で。



私が驚いてる間に、月夜の声に従い亜夢が瑠樹に腕を絡ませ、

何故かその視線は私に向けられた。



憎悪、嫌悪の混じった視線は不快だ。



だがスルーして、私は律の横に立って教室に向かった。


教室に入ると、それなりにシーンとしていた。



全員が自習をしていた訳ではないが、

寝てたりスマホいじったりして会話は一切していなかった。



「来ましたねー。じゃ、決めますか」



円の後ろの黒板には競技名が書かれていた。



青龍が全員席についた。



「じゃ、まずは50メートル走から…………」



随分真面目な円に驚きつつ、私はボーッとしていた。



亜夢の動きを探るには、どうするにしろ律から離れなければならない。



ハッキングだとしても、伊藤組を潰すにしても、亜夢の後を付けるにしてもだ。



さて、やはりつららに協力を頼もうか………。



「これで良いですかねー」



円の声でハッとすると、

黒板の競技名の横に書かれた()の中にはそれぞれの名字が書き込まれていた。



………いや、おい。



100・200・400・1000・1500メートル走、障害物リレー、

パン食い・仮人・仮装競争、綱引き、喧嘩。



青龍の亜夢以外、出場種目多過ぎないか?ほぼ全部だぞ。



引き換え私の名は黒板には書かれなかった。

つまり、私は競技に出ない。



ちなみに亜夢は100メートルとパン食い・仮人リレー、綱引きに出るらしい。



「じゃあ一応これで終わりですね。後は…自習ですー」



そう言い退室して行った円。



シーンとした教室の中、月夜が立ち上がった事により青龍は教室を後にした。



勿論、律に付いて歩く私も含めて。


屋上に向かおうと思ったが、

途中律の顔色が悪くなったのに気付いた。



俯き加減で辛そうだ。



上り階段の途中の段で止まり、律を支える。



「え?」



「ん?どなえした?」



律の声に反応し、

月夜と玲、亜夢、その後ろで瑠樹と作戦らしきものを話していた颯天が振り返った。



「律君大丈夫ぅ?」



律に抱き着こうとした亜夢をスッと避けて、

下手に階段から落ちて難癖付けられても困るんで襟を掴む。



「!っチッ」



「っ!」



律が何か反応した様だが無視して、

亜夢を引っ張って立たせてから月夜、玲、颯天、瑠樹に向かって言う。



「スミマセンが早退します。律様の顔色がいつもと比べ悪く思われますので」



「へっ?雪香?」



「ん?って、ホンマやな。大丈夫か?律」



「ゴメン律、僕気付かなかった」



「……俺も」



「僕もですが、そうですね。今日は僕達も送ります」



「えっ、良いよ!僕ならこの通り平気平気」



早退させようとしてるのに、どうにも嫌がる律。



「アホ、悪化したらどうすんねん。今日は早よ家帰って休み」



「そうてすよ。ほら、行きましょう」



「でも……」



「ほら律、行こ」



「休むの大事。気楽にぐっすり寝れば大抵良くなる」



青龍に背を押される様にして階段を降り、廊下を進んで下駄箱で靴を履き替える。



律の荷物を奪う様にして預かる。



「ゴメンね。……ありがと、雪香」



いつもと違う、自然なのに力のない笑みを私に向けた律。



………様子が悪化してる気がするのは気のせいであってほしいが、

現実逃避はしてる場合では無い。

「大変失礼ですが、律様を一刻も早く休ませたいのでここで」



ーヒョイっ



ーー「っ!?」



「えっ、雪香!?」



「ちょっ、何で男が男にお姫様抱っこなんや!?」



「これは、驚きですね………」



「えっ、スゴイ。雪香力あったんだ」



「………居心地良さそう」



「っっ」



律、颯天、月夜、瑠樹、玲の順でそう言われ亜夢には睨まれたが、

そのまま走る。



「ちょっ、雪香下ろして!僕なら平気っ」



反論しつつも辛いのか力が無い。



小声で私の耳元まで近付いてきた……

「女の子なのに、こんなっ」



「お気になさらず」



……律を適当に流し、

初日来た通りにの屋根に飛び乗り、そのまま飛び移りながら月詠屋敷を目指す。



「ゆ、雪香!?」



「はい?」



「何で屋根なんてっ!そ、それに早い!」



「………」



「ちょっ、何で早くなってるの!?」



怖いならその時間を減らしてやろうと思い、

騒ぐ律を無視して半分程度の力を出して月詠屋敷まで帰ったのだった。

月詠家に入ると、真っ先に心配そうな母に迎えられた。



「まぁまぁどうしたの?」



眉は下がり、とても心配そうだが。

 

「大丈夫で「律様の具合が悪くなり辛そうだったので」……まぁ」



一瞬悲しそうな顔をしたが、すぐに私に抱き抱えられた律の額に手を当てた母。
 


「!?熱いわ、すぐに寝かせないと」



「えっ、でも……、僕は……ハァ、ハァ」



息遣いが荒くなってる。



「雪香、用意は私がするから、貴女は律君をベットまで運んでくれない?」



「はい」



返事をしてすぐ急ぎ足で律の自室に向かい、そのまま扉を開けて律をベットの上に下ろす。



「ゴメンっ、雪香」



ん?ゴメン?



「具合が悪いなんて、多分自分でも気付かなかったよ」



私には見てすぐ分かったがな。



ベットに腰掛けて横になろうとしない律のネクタイを外し、制服のボタンを外す。



「ゆっ、雪香!?/////」



ん?

熱が上がったのか耳まで真っ赤になった律。



素っ頓狂な声を上げた律を無視してズボンのベルトを外す。



「ちょっ、雪香辞めっ/////」



うーん……座ったままじゃズボン脱がせない。



よし。



「って、わっ!」



律を押し倒し、私もベットの上に乗ってズボンを脱がす。



「ゆ、雪…香/////」



……律、大丈夫だろうか。

顔も耳まで真っ赤だし、声に熱が籠もってるぞ。



もうすぐでズボンを脱がせると思った時。

ーガチャ



「あっ」



律が声を上げてすぐ。



「ま、まぁまぁまぁまぁっ!」



母の興奮した様な声が聞こえた。



「………ハッ!悔しいけど、悲しいけど、見たいけどダメよ私。律君は熱を………あ〜でも………」



何か呟いてるが、さっさとズボンを脱がさねば。



「ちょっ、雪香!?////や、辞めっ/////」



辞めて欲しいと言っても辞めない。こんな中途半端で辞めるか。



さっさとズボンを脱いで楽にした方が良い。



「雪……香………」



おいおい律、呂律まで怪しくなってきたぞ。

声も弱々しい。



大丈夫か?



そんな事を思いながら律の上から退き、ネクタイとズボンを持ってベットから降りる。



「「へ?」」



ん?

突然律と母に変な声を出された。



「何です?」



「えっ、雪香貴女今……」



「今?制服なんて着て寝ても楽じゃないでしょうから脱がしましたが」



「………//////」

「……………」







しばしの沈黙。



………やらかしたか?私。



寝心地が少しでも良いように服脱がしただけ………って。

………あぁうん、やらかしてたな。



「性的な感情はありません。誤解させる様な素振りをしてしまい失礼しました」



「//////」

「……残念」



残念?



「ま、まぁ雪香。隣に貴女の自室があるから、今日はベットの上に出しておいたのを着てね」



「はい」



残念という母の言葉の意味がイマイチ理解出来ず、

いや全く理解出来ないまま律の部屋を出て自室へと入る。



シンプルな律の部屋とは大違いな部屋だった。



女の子らしいというか、現実味が無いというか、

とにかく現代的ではなくロココな部屋といえば良いだろうか。



と言うか、家具が………。



クローゼット無くないか?



ふかふかな律の部屋にあったものとは柄の違う絨毯の上に立ち、

化粧台や机と椅子、天蓋付ベット、ソファーなんかを眺めながら思う。