その後、グラマラスなお姉さんは目を見開き、最後の意地なのか私を鼻で笑って去っていった。
……………
沈黙のあと、ポンと頭に手を置かれる。
そっちを見ると玲夜が何故か笑いを堪えていた。
「……?」
ブハッ!
「あー!もうダメ!お前、最高だよ!
あはははは!見たか?!あの顔!
笑えるったらねぇよ!あはははは!」
吹き出した後、大爆笑。
泉さんは、笑みを溢しながらまた弁当を食べ始めるし、藤條さんは未だに煙草を吸っている。
玲夜は、笑ったその勢いのまま私の頭を撫で回す。
………そして、悲劇は起こった。
ズルッ
「は……?」
「あ……。」
余りにも勢いよく玲夜が撫で回すものだから、ピンがとれてウィッグが外れてしまったのだ。
そのまま、床にウィッグは落ち、隠されていたミディアムの金髪が舞った。
……………………
私は椅子から降りて、ウィッグを手に取り座り直す。
そして、綺麗に髪をウィッグへしまい直した。
『………………。』
「イヤイヤイヤ!違うだろ!
お前、その髪!」
急に大声を出した玲夜に驚きつつ、その言葉の先を聞く。
「そ、、染めたのか?」
……それだけ?
「これは、地毛。
……ほら、傷んでないでしょ。」
そう言いながらウィッグをとって、金の髪を見せる。
「ほぉ~、綺麗な色だな。」
そう言いながら、私の髪に指を通す。
「あ~だからだね。
天使ちゃんの髪、光沢が偽物っぽかった。」
そう言って、泉さんも私の髪を凝視している。
「そういえば……さっきから思ってたんだけど、もしかしてお前…目悪いか?」
と、玲夜が聞いてくる。
「……?両目とも1.2だけど…。何で。」
「じゃあ……それ、カラコンか?」
と私の瞳を覗く。
あー、そっちもバレてたか。
「そうだよ……。」
そう言って、皆から顔を背けカラコンもとった。
そして、振り向く。
『…………………。』
倉庫内が今日一番、静かになる。
「お前……嘘だろ。」
「これは、驚いた。
天使ちゃんがマジで天使だったなんてね。」
その二人の声でまたざわめきを取り戻す。
今の私は嘘偽りの無い姿。
光沢のある金髪にサファイア色の瞳。
それを見て、皆が話してる。
そんな中、
「……おい。」
「っ!」
また!?
いつの間に来ていたのか、私を片手に抱えて歩き出す藤條さん。
「おーい!どこ行くんだよ?」
「……俺の部屋。
俺が出てくるまで、誰も近寄るな。」
そう答えて、カツカツと階段を上がっていく。
藤條さんが部屋に入って、ドアが閉まる直前。
「壊さないようにね~。」
と、泉さんの緩い声が聞こえた。
「……ん…。」
体の上に温かい重みを感じて、目が覚めた。
そっと、重みの方を見ると誰かの腕の様だ。
……………腕?
更に不思議に思い、腕の根の方へと視線をずらす。
そこには……
「っ!藤條さん……。」
光沢のある銀の髪で微かに顔を隠し、気持ち良さそうに眠る藤條さんがいた。
何で?昨日、私は…帰らなかったんだっけ?
そっと、昨日の事を思い出す。
─────────────
泉さんの声が聞こえ、パタンと閉まった扉。
藤條さんは私を抱えるのと逆の手でドアの鍵を閉める。
そして、そのまま私を放った。
「きゃっ!」
ボフッと柔らかい生地に体が沈む。
ベッドの上だった。
ベッドの上。
少し放心する私をそのままそこへ押し倒し、藤條さんは覆い被さった。
ジッと私をみる二重でキリッとした漆黒の瞳は何かを問いたげだ。
「………何ですか。」
私はサファイアに戻った瞳でそれを見つめ返した。
「………お前の……」
「?」
「お前の秘密は…それだけか?」
眉根に皺を寄せ、そう問う。
『それ』とは、私の髪と瞳の色の事だろう。
勿論、私の秘密はもっとある。
…………知られたくない罪もある。
だが、だからと言って昨日やそこらに名前を知り、顔を認識しただけの只の知り合いである彼にそれを教える義理は無い。
「もし、私にまだ秘密があったとしても、出会ったばかりのあなたに……ソレを教える義理は無いです。」
そう素直に答えると彼は一層、皺を濃くする。
少し、鋭くなった瞳に彼が微かな怒気を持ったのが分かった。
「お前……俺が怖くないのか。」
他にも何か別の事を言おうとしたのだろうが、それを抑えた様に見えた。
「同じ人間を怖がる必要がどこにあると言うんですか。」
私はそれに気付かないふりをして、冷静に返す。
そう答えた私に彼は少しだけ目を見開き、そして面白そうに目を細めた。
その姿がどうにも美しく見えてしまったのは、きっと突然に来た眠気のせいだろう。
彼の顔がとても近くにまで、近づいてきているように感じるのも。
彼のそれと私のそれが触れそうな直前に聞こえた
「…………やっぱりお前は、面白いな。」
その言葉も。
その後に唇に感じた柔らかい温かさも。
きっと全部、眠気のせいだ。
───────────────
それで、そのまま寝ちゃったのか。
失敗した……。
一晩だけど、ここにお世話になってしまうなんて。
そんなことを思いながら、腕をゆっくりどけて布団から抜け出す。
「……………え。」
驚いたのは、私が着ている服だった。
私がバイトからここに来たときに着ていたのは、白の短パンに黒の少しゆったりとしたサイズのTシャツだった。
なのに今、私が着ているのは間違え無ければ昨日、藤條さんの腕にかかっていたあのシャツだ。
白の短パンは履いてるけど、上が違う。
腕も手のひらまでしっかり隠れてるし、大きすぎて丈が膝の少し下まである。
そして、何よりも驚いたのは、サラシが巻かれていた筈の胸に薄桃色ベースにレースのついた下着をしてることだ。
「っ……!」
慌てて胸を腕で包む。
何で。藤條さんが着けたって事?
ていうか、誰の。
しかも、何でサイズぴったり?
周りを見回すと、床にサラシが落ちている。
私は、冷たい床に裸足で乗るのも構わずにそれを手に取り、下着を外して巻き直した。
「……何もされてなさそう。」
サラシを取られて、下着を着てた時点で何かはあったんだろうが、それでも何もなさそうでホッとする。
「……何かがあるわけないだろ。」
ふと、後ろから声が聞こえて振り返ると藤條さんが寝起きの目元に手をやり、私の方を向いていた。
「何かをする前に、お前は寝たからな。」
そう言いながら、上体を起こしてベッドに腰かける。
言っておきますけど、
「私が下着を着けていた時点で『何か』はあったと思います。」
そう告げると眉をひそめる。
「寝苦しそうだったから、泉に持ってくるよう頼んだ。
それより………」
そこで言葉を止めて、藤條さんは私に手を伸ばす。
そして、グイッと引っ張った。
「っ!」
ドサッ倒れた場所は藤條さんの膝の上。
「敬語を止めろ。…なぜ、俺には使う。」
そう言って、顔の距離5センチ程で話す藤條さん。
「っ藤條さんは、偉い人なんですよね?
これは、一応の礼儀です。」
そう答えると、より一層眉をひそめた。
「……面白くないな。」
藤條さんがそう呟いた瞬間、
「っ!」
ドサッ!という音と共に私の視界は、天井とさっきよりも近い藤條さんの顔で一杯になった。
そして、思い出す。
昨日、完全に意識がなくなる前に感じた唇の柔らかな温もりを。
何か・・・あったんじゃない。
「・・・つまらないな。
お前は、他とは違う型のない考え方を持っていると思ったら、今度は世の常識を口にする。
それが、不愉快だ。
本当のお前は、何処にある?
どれが、偽りのないお前なんだ?」
そう言って、私の頬に手を触れた。
本当の私?
「・・・そんなの、とっくの昔に分からなくなった。
・・・もう、帰る。早く、退いてください。」
そう言って、藤條さんの胸を押す。
だけど、全く動かない。
「退いて欲しければ、俺を名前で呼べ。
敬語も使うな。本当のお前を見せろ。」
そう言って、触れたままの私の頬を撫でた。