メイクも着替えも乃亜のお弁当作りも朝食の準備もすませると、あっという間に悟を起こす時間は来てしまう。

いつも大抵そうだけれど、昨夜も遅かった悟と話すのは丸1日振りだった。

昨日のバイオリン教室での乃亜の様子をみちかはどうしても話したかった。
忙しい悟の朝の時間、話し過ぎないよう気をつけ言葉を選ばなければいけない。

朝食のオープンサンドを悟が食べ終わる頃を見計らい、バイオリン教室の講師の感じの良さや乃亜がしっかりと弦を押さえて音を出せていた事を話す。

悟は黙って聞いてくれた。
そしてみちかが話し終わると淡々と言った。

「君の好きなようにしていいとは思ってるけど。バレエと勉強と、バイオリンと。今の乃亜にはそんなにたくさん、まだ無理なんじゃないかな。」

みちかは言葉が見つからず、「そうかもしれないわね。」としか言えなかった。

悟は、立ち上がり、スプリングコートをを羽織り無言でカバンを持つと玄関へ向かった。
彼を見送り、今度は乃亜を起こしに寝室へと向かう。

たしかに悟の言う通りだ。
今はやる事を増やす時ではないのだ。
少しばかり、早くから音楽に触れる時間があった方が良い気がしていた自分から目が覚めるような気持ちで乃亜と自分の寝室のドアノブへ手をかける。

乃亜が起きる時間も、もう少し早めにしなくてはいけない。
できれば悟と家族揃って朝食を取るのが理想だ。
年長の時が経つのは恐ろしく早い事は、みちかは十分、分かっているつもりだった。