「俺、若い子の相手は向いてないみたいです。」

思わず吐き捨てるように言ってしまった百瀬はバツが悪くメニュー表に目を落とす。
でも、そうなのだ、梨沙は精神年齢で言えば子供とさほど変わらなかった。

「そうなの?贅沢だなぁ。お前だって、もうちょっと経てば若い子の方が良く見えるようになるよ、絶対。」

関崎が独り言のようにポツリと言った。

「そうですか?」

「そうだよ。男なんてみんなそうだよ。年上に憧れるのも若い時だけ。」

妙に分かりきった風の関崎の物言いに百瀬はほんの少し気分を害されたように感じ再びメニュー表に目を落とした。

自分も一時的にただ年上に憧れているだけなのか、そんな思いが百瀬の心にひっかかる。

特別な事のように思える今のこの気持ちも、世間にはありふれた、よくあるつまらない事に分類されてしまうのか。
もちろん、奇跡なんて起こらないし、自分は道を踏み外さない。
なにかを壊したり、誰かを悲しませたりする気も全くない。

こんな気持ちは始めてなのに。
つまらない事は言われたくない。
誰にも分からないに決まってる。

百瀬はメニュー表を見る。
そしてわざと明るい声を出す。

「関崎さん、ここステーキめちゃくちゃ美味そうですよ。」

「へぇ。俺さ、全然知らないでここ入ったから。いいじゃん、頼んで。あとビールも。」

百瀬が店員を呼んでビールのお代わりと一緒に色々とオーダーをし終わると、関崎が何故かニヤニヤして身を乗り出した。

「この間さ、体操教室の後、寺田リンちゃんのママと長々と話してたんだけどさ。」

「またですか?関崎さん、仲良いですねー、寺田さんと。」

寺田リンは、雪村幼稚園の年長児の課外授業で関崎が受け持っている体操教室の優等生だった。
寺田リンには姉と兄がいて、皆、雪村幼稚園を出ている。
母親は長いこと園に通っているせいか、園では誰よりも情報通で顔も広くみんなに知られている。
付き合いも長く話しやすい性格なので、百瀬もよく会話は交わすが関崎とは特に仲が良かった。

「いや、なんかうちの受験コースに親戚が入会したがってるとかで。紹介してたんだけど、その時たまたま教えてもらっちゃったよ、友利さんの年齢。」

「へ?」

突然、友利みちかの名前が出てきてしまって百瀬は複雑な思いで関崎を見つめる。
このタイミングで友利みちかの話題とは、関崎にはやっぱり自分の気持ちを見抜かれているのだろうか、と百瀬は密かに思った。

「40歳なんだって。リンちゃんのママと同い年。なぁ、どう思う?」

「は?どう思うって、何ですか?」

百瀬は返答に困り、運ばれてきたビールを思わず口にする。
いつか園から友利乃亜を抱き抱え、家まで送った時に百瀬の年齢を知り「お若いんですね。」とにこやかに驚いていた友利みちかを思い出す。
そうか、彼女が40歳なら、ひとまわり近く自分よりも年上なのか、と百瀬は酔いが回り始めた頭でぼんやりと考えた。

「あの若さで40歳って、凄いよね。なんていうかさ、可愛いじゃんあの人。」

関崎が熱く語りながらビールを口にする。

「そうですね…。まぁ、確かに可愛らしいですよね。」

百瀬は当たり障りなくオウム返しをするしかなかった。
彼女の魅力を語ったら止まらなくなる自信がある。