「帰り際、池之内さんと少し話したんだけどさ。」

「え、いつの間に?」

丁度その時、店員がビールを運んできて一度話しが中断した。
可那は、店員が去るとすぐに友利に詰め寄った。

「池之内さん、なんて言ってました?」

友利がビールグラスを自分の方へ寄せながら、小さく咳払いする。
そして言った。

「南の事、メンタルが強いですねって。」

「へ?メンタルですか?」

可那は訳が分からずおかしな声を出した。

「うん。今日のメイク、予想外に年齢が上のモデルに当たったけど動じずにしっかり仕上げたでしょ。そこがグッときたって。しかもかなりの完成度だったと感動してた。」

「えー!そんな風に池之内さんが言ってくれてたなんて!嬉しい!」

こんな嬉しい事はない、ここ数年で一番の喜びだ、と可那は思った。

「南と一緒に仕事がしたいって。」

友利があまりにもサラッと言うので、冗談なのかなと可那は一瞬、疑った。

「嘘だぁ…。本当ですか?」

友利は2杯目のグラスを半分ほど飲むと、「
これは本部情報だけどね。」と、言った。

「池之内さん、アシスタントを欲しがっているんだって。自分の片腕のような人材が欲しいって、前から社長に何度もお願いしてるらしい。」

可那は黙って頷いた。

「今日の感じだと南が抜擢される可能性はかなり高いと思うよ。」

「えー…。そんな、私が??」

これは夢なのかな?と、可那は思った。
池之内に憧れて、いずれは自分もブランドディレクターになりたい、そう思っているのは確かだ。
その夢が予想外にも早く、現実化するかもしれない。
本当なのだろうか、ほろ酔いも手伝って可那はまるで夢の中にいるような心地だった。

「でも俺は、南に本部に行かれちゃ困るんだけどね。」

友利がそう言って、可那の目を見る。
別に真剣な表情でもなくて、二重に騙されているような気分にさせられる。

可那はふふふっと、笑って流した。
自分が居ないと仕事上困ってしまう、そういう事を言いたいのかな、とも思う。