「乾杯。」

「お疲れ様。」

本社近くの高級焼肉店の窓際の席で、友利と可那は並んでビールグラスを重ね合った。

夜景を見るにはまだ早い時間帯から飲むビールは格別で、ここ3ヶ月間続いていたプレッシャーから解き放たれたこの開放感は何とも形容しがたく、可那を特別な気持ちにさせた。

残念ながら入賞は逃したものの、特別審査員賞に選ばれた可那は池之内ゆりかに直々に表彰され、メイクのセンスを絶賛された。
可那にとって、池之内の評価を得る事は最優秀賞よりも重要な事なので、これで十分だと満足していた。

「それにしても、辛口の池之内さんがあんなにベタ褒めするなんて珍しい事だよ。南、完全に気に入られたね。」

「だったらいいなぁ。なんだか、池之内さんにしてはコメントが普通、というか通り一遍なような気がしちゃったんですけど、正直…。」

隣に座る友利に、可那は口を尖らせてみせる。

池之内によると、若い層がメインターゲットのメロウを用いて30代後半のモデルの魅力を可那が存分に引き出した事はブランドディレクターとして光栄な事だ、というコメントだった。

「まぁ、今日はアデールが絡んでいるからね。うちは招待されて参加してるわけだし、社長も来てたし、池之内さんも社会的な事を考えたんだよ。」

「うーん…。」

友利の言葉に、可那が首を傾げていると店員が料理を持ってやって来た。

黒毛和牛の三角バラと上タン塩、カルビ、完全無農薬野菜のサラダ。
その肉の赤と、サラダの色とりどりの鮮やかさに可那は思わず感嘆の声を上げた。

「友利さん、こんなお肉、私見たことない!」

手のひらで口元を押さえて目を丸くして喜ぶ可那の目の前で、友利が肉を焼き網の上に載せていく。
肉の焼ける勢いの良い音と美味しそうな匂いが広がる。

コンテストが終わって「何が食べたい?」と聞いてきた友利に「美味しいお肉が食べたい!」と答えて大正解だったと可那は思った。

「ほら、もう焼けた。」

友利が可那の目の前の皿に焼けた肉を載せた。

「きゃー。いただきます。」

口の中に広がるとろけるような肉の甘みに、池之内のコメントの事ももうどうでもよくなってくる。

「美味しい!柔らかい…なにこれ。」

喜ぶ可那の横で友利が笑っている。

「友利さんてこんな美味しいお店にいつも来てるんですか?」

「いや。ここは一度、接待で使った事があったんだよ。焼肉自体、久しぶり。」

そう言って、焼けた肉を可那の皿にまた載せた。

「飲む?」

可那の残り少ないビールグラスを指差して友利が言った。

「飲みます!」

可那が頷くと友利は店員を呼び止め、お酒のお代わりをオーダーしてくれた。

「いいペースだね。」

肉を網に載せながら友利が涼しい笑みを浮かべる。