ベッドには白い布を顔に被った母がいた。

母方の祖父母は、自分の娘をこれ以上見ていられなくなったのか、泣き崩れて直ぐに霊安室から出て行った。

だから、霊安室にはあたし一人しかいない。

確か、この日はあたしの初めての運動会だと思った。

幼稚園に入って初めての運動会。

母は絶対に来てくれると言ったのに、来てくれなかったのだ。

「お母さん、あのね、あたしね、今日徒競走で一位だったんだよ。凄いでしょ?」

と、笑顔で母に話しかける。

けれど、当然母が褒めてくれるはずもなかった。

だが、今のあたしにはそれが理解できない。

「ねぇ、お母さん、どうして白い布なんか被ってるの?」

あたしは母の傍に行って、母の冷たくなった手に触れる。

あたしはこのとき、母はあたしの運動会に行けなくて、それで申し訳なく思ってあたしと話してくれないのかと思っていた。

「お母さんあたしね、怒ってないよ。お母さんが来れないのはいつものことだから、あたしは怒ってないよ。少し寂しかったけど……」

そう、母と父が来れないのはいつものことだ。

だけど、やっぱり他の子の親を見ていると寂しくなるのは当たり前だと思う。

それでも母はあたしに一言も話してくれなかった。

「ねぇ、お母さん。どうして話してくれないの?」

だんだんとあたしは、母に嫌われたんじゃないかと心配になってきた。

でも、これまで母と喧嘩なんてしたことなかったし、母を怒らせるようなこともやっていないと思う。

「……お母さん」

寂しくなってきた。

誰も何も言ってくれない。

いつもあたしは一人だった。

幼稚園でも友達はそういなかったから。