「ねぇ、お母さんって……どんな人だった?」

こんなこと父に訊くのは初めてだと思う。

しかし、あたしは父のことすら知らないのだ。

父の若い頃の姿も何も知らない。

うちにはそういう思い出になる代物が一つもないのだ。

写真だって、殆どあたし一人の物が多い。

母の仏壇にだって母の写真はなかった。

「珍しいな。お前がそんなこと訊くとは」

父は物珍しそうにあたしを見つめる。

「別に……ちょっと気になっただけ……」

あたしは冷蔵庫に入っていたアイスコーヒーをコップに注いでこう言う。




「……綺麗だったよ」




父の言葉にあたしは一瞬止まった。

父の口からそんな『綺麗』だなんて単語が出てくるとは思ってなかったのだ。

「あ……そぉ」

あたしは曖昧に返事を返した。

「そんなに気になるなら、タイムマシーンで過去に飛んで見て来ればいいだろ」

確かに、それをするのは簡単だ。

だけど、なんとなく抵抗を感じてしまうのだった。

「そんな時間ないって。……ねぇ、お父さん……あたし、そんなにお母さんに似てる?」

そうだったら嬉しい。

お母さんのことは全然知らないけど、そんな綺麗な人に似てるんだったら嬉しい。

「ああ、顔以外」

……真面目に訊いたあたしが馬鹿だったわ。

あたしは悪戯っぽく笑ってる父をぎろっと睨んでアイスコーヒーを一気飲みした。