「……何してんの?」
あたしはとりあえず訊ねてみる。
「コーヒー飲んでる」
「そりゃ、見れば分かるわっ! なんで家にいんのっ」
「一応俺の家だけど?」
父は横目であたしを見る。
あたしは細目で父を見つめた。
「仕事のこと訊いてんだよ。仕事っ!」
「全く、お前は母親そっくりだな。冗談の通じないところ」
父は呆れたようにこう言い、あたしに小さい箱を投げ渡す。
あたしは慌ててそれを受け取った。
「今日、誕生日だろ」
……あぁ! そうか、今日はあたしの二十歳の誕生日だったのか! いつの間にか十代とお去らばしてた……。
「自分の誕生日くらい覚えとけよ…」
「うるさいなぁ! 今時娘の誕生日覚えてる方がおかしいって」
あたしは父を睨みながら箱の中身を取り出す。
中にはダイヤの指輪が入っていた。
そして、もう一度父を睨む。
「あたし、お父さんと結婚する気ないんですけど!」
「アホ。俺だってそんな趣味ないっての。要らないなら母さんの仏壇にでも飾っとけ」
父はそう言って空になったコップをキッチンに持って行く。
あたしは呆れながらも指輪を右の薬指につけた。
その様子を見ていた父は、
「母親そっくりだな。素直じゃないとこ」
と、眉を潜めてあたしを見つめた。
「うるっさいな!」
「母親そっくり」っていう台詞は父の口癖だった。
母はあたしを生んだせいであたしが小さい頃に亡くなった。
だから、はっきりとは母の顔は覚えていないのだ。
だけど、母が死んだ夜のことは今でも鮮明に覚えてる。
仕事が終わって、病室に駆け込んできた父。
息絶えた母の亡骸を目にしたときの父の絶望した表情。
そして、初めて見た父の涙。
それだけは、今も覚えている。