「ただいまー」
父は相変わらずしかめっ面で原稿用紙を見つめていたが、あたしがリビングに入った瞬間あたしの方に視線を向けた。
「お帰り」
そう言った父の表情は爽やかな笑顔で、とても優しかった。
「何、その笑顔。あたしはそんな笑顔見ても惚れないからね」
「惚れられても困る」
父はいつもの意地悪げな表情を見せた。
あたしはむっとした表情を見せる。
「今日、スープでいい?」
あたしはむっとした表情のまま台所に向かった。
と、後ろから父が立ち上がる気配がする。
あたしが振り返ろうとした瞬間、背中が暖かくなった。
「お……父さん……?」
あたしの首の横に伸びる、太くて暖かな腕。
それを見て、あたしは後ろから父に抱きつかれていることに気付く。
そして、後からふわっと優しい香りが鼻腔を擽った。
誰かの香りに似ている。
「冗談」
父の声は笑みを含んだ口調だったが、あたしを締め付ける腕の力は驚くほど強かった。
あたしは不思議に思って父の顔を見上げる。
父は苦笑のような笑みを浮かべていた。
「どうしたの?」
あたしがそう問うと、父の腕の力が弱まった。
「……いや、なんでも。ただ……」
「……ただ?」
父は優しい笑みを浮かべ、首を横に振る。
「何でも。あーあ、腹減った。早く作れよぉー」
そう言ってあたしの頭をくしゃくしゃと撫で、仕事に戻ってしまう。
「……変なの」
あたしは首を傾げて料理を始めた。